自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

どうしても自分を好きになれないとき。

言葉を変えてポジティブなアファメーションを日々口ずさんで、自分を好きになる努力をしても、

 

どうしても自分を否定してしまう。

 

そういうときって自分の隣にいる人、一緒に暮らしている人が、あなたの心の灯に水をぶっかけている可能性を考えてみるといいと思います。

特に、おしどり夫婦、友達親子と自分で思っている人がこのトラップにハマりやすいと思ってます。

なんか毎日うっすら死にたい。

自分がダメだと思ってる。

この気持ちが拭えない場合って、あなたにとって味方だと思っている人が、あなたを否定している可能性があります。

「成功してほしいけど、自分より幸せになって欲しくない」っていう動機であなたの足を引っ張っている可能性を考えてみてください。

 

ちょっと長いですが、斎藤一人さんのこのテープはすごくいいので、自己否定の感覚に苦しんでしまっている人は是非なんども聞いてみてほしいです。

https://m.youtube.com/watch?v=M4MYbohU0_M

(『地球が天国になる話』というタイトルで検索するとたくさん出てくるのでどれでもいいので聞いてみてください)。

 

自分を好きになるって、無理やりポジティブになることではなく、ネガティブでダメなことを考えてしまう自分のことも裁かずに、受け入れることができている状態なのかなと最近は思います。

 

自分に煮詰まる時間って結構大事なのかも

 

しいたけ占いさんという人の文章が面白いのですが、

こんなことをお書きになっていました。

 

https://www.google.co.jp/amp/s/gamp.ameblo.jp/shiitake-uranai-desuyo/entry-12288079368.html

 

私が書くより適切に素敵に書いているのでまるっきり引用します。

 

ーーーーー引用始まり

「今まで自分が使ってきた言葉や感情では、今の自分を表現できなくなってきた」

そういう気持ちが起きてきたときって、人は何かを書けなくなるし、また、喋れなくなります。

「今までのように喋れなくなる、書けなくなる」

それってものすごい勢いでその人の内面が変化しているっていうことだし、新しく成長する自分のためにもがいている。もっと極端なことを言うと、人は喋れなくなるために今の自分を喋っている。今の自分を今の自分が知っている感情なり言葉で伝えられなくなるために、伝え続けている。成長とか変化を遂げる時って、必ず「止まる」からです。何を言えば良いのかわからなくなるからです。

 

ーーーーー引用終わり

 

私もこの数ヶ月、自分の言葉で書けなくなっていました。

きっかけは、ある日ふと自分の姿を鏡で見たとき、私のお腹が横から見るとぽっこりしていて、まるで妊婦さんのように見えたことです。

「私って自分の子供についてどう考えているのだろう。産みたいのか、産みたくないのかすらわからない」

みたいなところから手探りで自分に降りていきました。

2ヶ月ぐらい苦しんだかな。

友達の助けを借りて、自分の考えをだーっと話してはまとめて、を繰り返していく中で、

自分が過去に妊娠中絶をしたということを思い出すに至りました。

これまで十分自分の傷に触れたつもりになっていたけど、まだまだ知らない自分がいました。

 

なぜ中絶したのか。

その原因をさぐり、自分の中にある「コンプレックス」や「願望」を認めてからは、もう1段階視界がクリアになったような気持ちになりました。

 

そこからまたブログを書けるようになったんです。

あと不思議なのですがお腹のぽっこりがなくなっていました。

 

自分に煮詰まってみる。周囲から見たら「止まってる」ように見えるけれど、結構大事な時間だったんだな、と今、すごく思います。

 

今ありがたいことに何冊か本の企画がきまっているのです。そちらも徐々にやっていこうとおもっています。

少しずつ前進。

失敗ができない人生

うつ状態が重くなると、妄想の症状がでることがあるのですが、そのうちのひとつに「貧困妄想」というものがあります。

お金があるのに「ない」と思い込んでしまうというものです。

うちのお母さんが自殺する直前、やはりこの状態になってました。なんか、別人でした。知ってるお母さんじゃない人になってました。

 

私は2013年に双極性障害の診断を受けて1年4ヶ月の間、会社を休職して自宅療養していたことがあるのですが、その間、うつ状態におちいったときに「お金がない」という気分に支配されることがありました。

でもよく考えたら、お金がないわけないんです。

だって、傷病手当金もらってるし。

1年6ヶ月までは基本給の3分の2支給されるんです。

だから、感謝して安心してたらよかったんです。

「フリーの人はもらえないのに」とか「主婦はもらえないのに」とかで「お金をもらって申し訳ない」とは思ってました。でも、姿の見えない誰かに遠慮してコソコソ生きてるより、いまお金を支給してくれている出版健保や会社や国に感謝するべきだったなと思った。

 

それなのに、「このあと会社を辞めることになったら、貯金がこのくらいしかないから、すぐ干上がってしまう」とかまだ確定したわけではない未来を想定してその際にかかる費用を計算してすごく心配していました。

 

これは、「ある」ものに目を向けることができずに「ない」ことを考えたい状態なので確かに健康的とは言えないと思いました。

 

よく、うつの人には抗うつ剤より500万円を支給した方が治る、みたいな冗談を聞きますが。それはうつをナメてると思います。500万円もらっても「これじゃあ1年しか(人によっては2年)暮らせない。お金がない」って考えるのがうつの人ですから。

 

この前のブログで、無職だけど20万4千円の家を借りることにした。

っていうことを書きました。

http://www.okimhome.com/entry/2017/09/10/174309

多分「お金がなくなってしまう」発想で生きてると、この選択肢は選べないと思うんです。

でも、私は今あんまり不安じゃないんですよ。

 

仮に貯金がゼロになったとしても、いろんな形でお金はなんとかなってしまうとしか思えない。

 

例えば、

 

退去する。

持っている家を売る。

それでもお金が足りなくなったら、

親に頼る。

 

親に弱みを見せる練習をしているので、おそらく今後親に「お金かして」とか頼める私になっているはずです。つまりライフラインを一つ増やしている最中なのです。

いい歳して親に頼るなんて……という考え方があるのは知っていますし、自分もそう思っていましたが、「自立しないといけない!」って過剰に思い込むことも、ある意味「自立願望」に依存している状態だと思うので健全じゃないと思います。

目の前にお金が落ちてたら私は拾います。

 

親の脛もかじれなくなったら

目の前のセブンイレブンでバイトするかもしれませんし、ブロガーになってアフィリエイトで稼ごうと頑張るかもしれませんし、怪しい壺を大量生産して一個20万4千円で売るかもしれません。

 

それでも食い詰めたら。

生活保護を受けます。

 

生活保護も自分の資源です。

日本に生まれた特権を使う。

 

そう考えると、何をやっていても、私は(みなさんも)失敗ってできないようにできてるんじゃないか、って最近は思います。

 

そしたら、なんでもやりたいことをやってみたい。っていう気持ちになるんじゃないかなと思ってます。

 

自由と楽しさを最優先にする理由って何かっていったら、

「ストレスを感じたくない」とか「ストレス要因の病気になりたくない」とかではないんだと思います。

ストレスを感じてもいいし、病気になってもいい。そこで起こってくる感情を味わいたい。そういうことなのかなって。

 

 

無職だけど家賃20万4千円の部屋を借りることにした。

私が今年の3月末まで勤めていた会社は、出版社の中でも大手と言われているところでした。

出版社ってどこも結構給料がいいんですが、その中でも、私のいた会社はもらえる方だったと思います。

まあ、他にも結構のんびり働けたり、好きなことがやりやすい環境だったりで、お金だけが理由ではないと思うのですが、私のいた会社の離職率ってすごく低いんです。

つまり超ホワイト企業でした。

 

で、やめるときに、ある写真家の人に、

「なんであんないい会社やめるの?」って聞かれました。

「フリーでやっていくにしても、今と同じ収入稼ぐのはほぼ無理だと思うよ」と。

 

そのとき、私はぱっと思いついてこんなことを言ってみました。

「今もらってる年収の5倍稼げるような気がしたんですよ、なんか」

と。

それを聞いたその人は、「俺の周りで大手の出版社辞めたやつでそんな威勢のいいこと言うやつっていなかったから、あんた面白いね」と言って笑ってました。

 

このとき全くなにも将来の計画は立てておりませんでしたし、もう一生就職したくないということだけは決めていました。

で、今も別に無職のままです。

 

でも今回、引っ越すことにしました。

新しいお家は地上100メートルのところにある部屋です。

家賃が20万4千円。

普通の無職だったら絶対借りないだろうと思いますが、借りることにしました。

 

理由は、自分がやったことがないことをしてみたかったからです。

 

・ずっと飛び降り自殺がしたかった私が高層階に住んでみたいと思っていること。

・貯金の残高をチェックして不安に暮らすことをやめたいと思ったこと。

 

で、もうひとつは、

・親に甘えてみる。親に頼みごとをする

 

ということをちゃんとやってみたくなったということがあります。

現在会社勤めをしていない、さらにフリー一年目なので課税証明書や確定申告の書類で収入を証明できない私は、賃貸物件を借りることができません。

そのため、父に名義人になってもらう必要がありました。

「収入がないけど引っ越したい。ついては、お父さんに名義人になってもらいたい」

普通の親子関係なら、すらすら頼めるのかもしれないのですが、父との関係を大人になってから再構築しはじめた私には、限りなくハードルの高い「お願い事」でした。

 

いままで「いいところだけ見せ合う付き合い方」をしてきて、それはできてきたと思うんです。お願い事って自分の弱さをさらけ出すことのような気がしていて。それができたらいいなって最近すごく思うようになったのです。

だから、これにチャレンジしてみたくなった。

 

で、数日悩みました。「父にイヤなことを言われたり、断られたりしたら寝込むだろうな」と心がくじけそうになったりもしました。

そして思い切ってお願いしてみました。電話だと、うまく切り出せないかもしれないので、メールで。

そしたらあっさり「わかりました」と応じてくれました。

 

自分で自分の壁を高くしているんだな、と改めてわかった出来事でした。

 

審査は無事通過。

家賃はもちろん自分で払います。

「親に頼めない人もいる」とか言われるかもしれないですが、私も、もし今回親に断られた時は、別の方法で自分の望みを叶えるために知恵を使ったと思います。ようは、それをしたい自分のためにどう頭を使うか、ってことを考えたらいいのかなと。

「どうせダメだから」ってはじめからあきらめるのではなく。

 

引っ越してからお金がなくなったら退去すればいいし、それまでに働きたくなったら働けばいいし、お金があっても引っ越したくなったら引っ越します。

とりあえず、今の自分に、100メートルの高さの部屋から、東京を見せてあげたい。

部屋は故郷の埼玉、そして福島を臨む東向きです。

「他人に合わせる人」ってイヤな人かもね

先週末、「彼女に合わせてたけど、あんたの本気が見えないとかいろいろ言われて振られた」と落ち込んでるマンに会った。

 

慰める…というか、私はこんなことを言ってみた。

「合わせてたってことは、内心彼女のことを見下してたでしょ? 自分が上っつうか相手の魂胆お見通しだって確信してないと合わせるとかできない。被害者ポジションに自分を置きつつバカにしてるんだよ。それバレてるから」って言った。

 

多分、亭主関白とか言ってドヤ顔してる男に合わせる女も「この男チョロいな」ってどっかで思ってないとあえて本来の自分を隠して「男を立てる」ってことはできないんじゃないかなぁ。

で、なぜそんなことをするんだろう?

 

「合わせてたわけだから、本来的な自分と彼女とは合わなかったわけでしょ? てことはお互い様なんだよ。振るか振られるか役割が逆転してた可能性だってあるの。その女に、あんたが言わせてんだよ。それは別れを切り出して泣かれたらつきまとわれたりのリスクをあんたの方で引き受けたくないから。つまりあんたの方が上手だったってこと。振る役回りまで引き受けさせられて恨みまで買ってさ。貧乏くじ引かされたね彼女は」って言ったら、「あー…」だってさ。

 

身近な「強い人」に合わせて自分を被害者だと思ってたりするなら、実はその関係を作ってるのはあなたかもしれませんよ。

 

 

本当にトクをする生き方って

「将来人口が減って資産価値なくなって売れなくなるし、家は買うだけ無駄」って言ってる人がいた。確かに2050年の日本の人口は9600万人で日本の6割の地域が無人になるそうだ。で、その将来に備えて今から30年近くの間ずっと賃貸に住むと。

 

仮に目の前に気に入った家が売ってたら買えばいいと私は思う。仮に30年後に資産ゼロになっても、30年の間好きな家に住むという「価値」を手に入れることができるんだから。買いたい家がなければ好きな家を借りればいい。「損したくない」気持ちが動機で動くと、結局自分を損させるんじゃないかと思った。

 

オーナー目線で言うと賃貸不動産の利回りは10%稼げばいい感じなのだが、その場合、借り手は原価の110パーセントの金を物件に支払ってることになる。一方住宅ローンの金利が10パーセントなんてことはありえないわけで。そういう意味でも買ってる人の方が得という見方もできる。

 

一方で賃貸なら好きな家にどんどん引っ越せて、旅する気分で暮らせるし、災害や火災による損壊などのリスクを引き受けなくて良いというメリットもある。

 

だから、どちらにもメリットがあるわけだ。で、どっちのメリットを取るかだ。

あと「将来の不安」を「現在の満足」より優先して、家を買う人が減り借り手が多い状況になった場合は、一番トクするのは大家さん、つまり不動産を買っている人、ということになる。

 

メリットを選ぼう。

自分と両想いになる感覚

摂食障害おぼえがきというエントリーを書きました。

 http://www.okimhome.com/entry/2017/09/08/133838

 

摂食障害は、自分のストレスや生き辛さを知らせる「お知らせ」として活用してみよう、「自分の声」を聞けるようになると摂食障害って自然と治っていくよ、ということと、「自分の声」を聞く練習の方法について書きました。

 

それはざっくりいうと、目の前にあるものをなんとなく食べるのをやめる。ということと、それから「モヤモヤするお誘いを断る」ということから始めましょう、みたいなことを書きました。

 

最近の私は、宴会やご馳走してもらう席でも、食べたくないものははっきり食べませんと断ってしまうし、あと、どうしても食べたいもののために交通費と時間を使って遠くまで食べに行ったりもするようになりました。

 

それで出て来た感覚があるのですが、

それは、自分と両想いになっているという感じなんです。

 

「今日はうなぎを食べたい」

「今日は(学校があるけど)ヒールの高い靴を履きたい、ドレッシーな服を着たい」

こういうワガママジュリエット(笑。いつも例えが古い)な自分の声を、

「今日は日曜日だし、今は午後3時だから、今から行ける美味しい鰻屋さんだとあそこだね。じゃあ、連れてってあげる」

「ヒールが高い靴で地下鉄にのるのはたいへんだから、今日はタクシーで学校まで送って行くよ」

と、イケメン彼氏がワガママを聞いてくれている…という感じです。

 

自分と両想い。

 

最近、写真チェックなしでインタビュー記事が出るというアクシデントがありました。

自分と両想いになる以前の自分だと、男性的な判断が優位に立ってしまうので、「まあ、しょうがないよ、写真写りでつべこべいうのは女々しいから、物分かり良く黙っていよう」となるところでした。

しかし、今回はワガママジュリエットが、「こんな写真が公になるのは絶対にイヤ」というのです。

これが報道ならば仕方がないですが、付き合いのある編集者を介している出来事だったので、黙っているのはやめようと思いました。

確かに、自分のことは自分で守るしかない。作家は顔も含めて商売の道具でもあるわけです。

それに私は女性でもあります。女性が自分の写真写りを気にするのは当然だと思うし。

そうういわけで、編集者さんにお話をしました。

 

ワガママジュリエットのためにイケメン彼氏が働いているんだな、と思うと、「こんなこと言うと嫌われるんじゃないか」とかいう世間の目も気にならなくなります。ワガママジュリエットが喜んで、納得してくれさえすればいいのですから。

 

「オレはいいけどヤザワはなんていうかな」

これは矢沢永吉の名言の一つですが、

自分を守るってそういうことなんだなと、ヤザワの名言が身にしみる今日この頃です。