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自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

戦争大好き、殺すの大好き。

なんか、映画も本も、まともに最後まで通して鑑賞することがなかなかできないんですよ。私すぐ途中でやめちゃうんですよ。最後までいけるのってそうだな、3割ぐらいじゃないかなって印象です。少ないですよね。向いてないんじゃないかこの仕事に。

職業柄、あんまりこういうこと言うと恥ずかしいんですけどね。

 

映画は、家でNetflixとかで見てると、20分くらいで集中力が切れるのでそのタイミングでごそごそ、何かしてしまいます。スマホいじっちゃうとか。酒を取りに行ってそのままご飯作ってしまうとか。映画館だと一応最後まで見られるので、映画を見るときはやっぱ外に出ないとダメだな。

本に関しては途中でやめちゃう理由が自分でわかってて、ひとつは、文章が自分の生理に合わない場合。もうひとつは、ものすごく面白そうになりそうだから心がハラハラに耐えられない。私の場合、読んでる本がつまんないから最後まで読めないんじゃないんです。面白そうすぎて心が削られそうだからこれ以上読み進むのは無理かもしれんからやめようってなる。私、小学4年生まで下りのエスカレータをひとりで乗れなかったぐらい怖がりですからね。たとえば、『モンテクリスト伯』ってあるじゃないですか。あれ、岩波版を18歳ぐらいの時に買ってから、何度も挫折しました。もう最初の、先行きに暗雲垂れ込めまくる感じがすごい。ほんとにものすごい面白くなりそうなんですけど、絶対これから読んで辛い目に合うんだろうな……ってなっていつも途中でやめてしまいました。それで、「まんがで読破」であらすじ読んで内容を把握してから、やっと岩波版を読めました。私のような人間にはネタバレも有意義です。

 

で、私の本『境界の町で』の担当をしてくださった編集者の浅原裕久さんは、すごく映画見てる人なんですけど、彼が私のことを一言で要約するなら「『ゴッド・ファーザー』を早送りで見た人」って言うと思うんですよ。

名作だから一応見なきゃってことでTSUTAYAで借りてきたんだけどなんかあのゆったり感がまどろっこしくて、ダーッと早送りして字幕だけ読んでいったら、何がいいんだかさっぱりわからなかったって岐阜屋で紹興酒飲みながら考えなしに言ったら、浅原さんがなんとも言えない顔をしたのを覚えています。

 

そんなわけなんで私が映画のことをなんかごちゃごちゃ言っても話半分で聞いて欲しいんですけど、今ちょっと書きたいなと思ってることがあるんで書きますね。

 

それは、「最近の」戦争映画における、戦争の描き方なんですよ。戦争っていうか、兵士の描き方っていうのかな。

去年、戦後70周年だったせいか、いろいろ戦争の映画がありました。私もたいして映画は見ないけど戦争映画って多分5本ぐらい見たんじゃないかな。

それで、そういう映画を5本ぐらい見てて思ったのが、「戦争ってやだなー」って。

そりゃ当然ですよね、戦争は嫌だ、司令してる人だってやりたくてやってるわけじゃないもん、しょうがないもんって感じで。前線にいる人も、殺すのも殺されるのも嫌だっていう話ばっかで、そういうキャラしか出てこないんだもん。

で、前線にいる兵士にフォーカスしてる映画だとさ、「おれが前に出て犠牲になる! お前ら助かれ!」みたいなイイヤツか、「ホント勘弁してほしい、早く帰りたい、マジで。マジで死にたくない」みたいな奴の2種類しかいないわけですよ。見た映画、例外なくこのキャラばっかり。具体的な作品名は避けます。「そこまで言うなら見たい」って言われて見に行かれた挙句「映里が言うとおりすっげつまんなかった」とか言われたことが何度かあって、悲しくなるのはもう嫌なので。

 

でも思うんだけど、「戦争大好き、殺すの大好き」って人、絶対いると思うんだよね。政治とか倫理とか道徳とか家族とか故郷とか国家とかそんなの関係ねえ、戦争が好きなんだおれは。戦闘機乗りたいんだ、人殺したいんだ、って人は絶対いると思うんだよ。

私は戦争行ったことないですけど、会社員として働いていると、やりたくない仕事とかをもちろんやりますよね。やりたくない仕事をやることの面白さって、誰ひとりやりたくなさそうなやっつけ感漂う現場に行くことができることなんですよ。やりたくない、ってだけならまだよくて、「今自分が何のためにここにいるのかわからない」っていう、仕事の意味とか目的が把握できないまま現場でウロウロしている人とかもいます。で、そこで見ててほんと思うのはみんな合理的には動かないってことなんです。合理性じゃなくて何を優先するかっていうと感情なんだなって。で、中にはトラブルが大好きって人もいるわけですよ。ほんとにいるの。自分の実感では20人に一人はそういう人がいる。そういう人は年中トラブルを誘発させてそれを自己処理してて、「おれ、修羅場ばっかりだわ」とか愚痴っていながら全然原因を突き止めて改善しようとしないとかさ。自作自演の爆弾犯みたいなんだよ。

そこから想像すると、ああ、みんな感情優先で生きてるわけだから、トラブルが好きな奴もいるだろうし、戦いが好きな奴もいるだろうって想像がつくわけですよ。

 

戦いたい。戦争したい。そういう人出てこないとリアリティ無くないか?

そしたら、そういう人が出てくる映画があったんです、それが『超高速!参勤交代リターンズ』に出てきた、宍戸開と、寺脇康文のふたりです。

www.cho-sankin.jp

宍戸開と寺脇康文はお互い敵同士なんだけど、ちょっとした会話を交わすシーンがあるんですよ。「大義はどうでもいい。おれは自分の剣を試したい」と。そういう宍戸開に「おれもだ」と同意する寺脇。

そうだよなあ、真剣で戦うわけだから。あんまり軽々に命を無駄遣いするわけに行かないんだけど、これだ、この勝負だ、って思った時に剣に命を託すことは厭わない。それがわかるシーンがあって。ああ、そっかネタバレってダメなんですよね、なので書けないけど、それを見たとき。「はぁ〜。戦闘というのは、敵の命と自分の命を天秤にかけることじゃないって思ってる奴がいるんだな。あくまで剣。剣術大好き。技術振り回してると命を落とすことがあるってことでそれは仕方ないんだって芯から思ってるんだなこの人達。死んでもいいって思えるぐらいの腕だめしができる場所を探してるヤツらがいるってことなんだ。ギャグ映画なのにすげえなあ」って感心しました。

 

超高速!参勤交代リターンズ』、テンポが凄くよくて面白い映画だったです。私には中2の弟がいるんだけど、弟が見たいってことで埼玉の三郷のシネコンに一緒に見に行ったんだけど。

この映画、いちいちやることがズルいんですよw なんか渡し船乗ってて船がグラグラってして川に落ちた! 泳げないから助けなきゃ! はっと気が付くとフレーム外から丸太が流れてきてドーン…みたいな、こんな都合の良いギャグでテンポよく笑わせる技術ってすごいよ。だって、ちょっと間が悪いと悲惨なことになるようなベッタベタなギャグ連発だからね。
あと去年から思ったけど野火とかマッドマックスとか超高速参勤交代とか全部移動中の話なんだけど、移動って偶然が起こっても都合がいいとか言われないし、物語創る上で批判されない世界にいけるんだなって。それで、なんで人って旅行するかって意味がわかった。偶然をゲットしに行くんだなって。

一作目をまだ見てないので、これから見ようかなって思います。

 

ご清聴ありがとうございました。