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不幸そうな人の説教を聞いてはいけない

 先日、精神科病院心理療法師として40年のキャリアを積んでから、独立して心理療法室を開いた先生と雑談する機会がありました。

 突然ですが皆さんは「食べ合わせ」って信じますか?

 たとえば、ホウレンソウの胡麻和え。

 日本で生活していたら一回ぐらいは食べたことありますよね? このレシピは、著作権とか特許申請などもちろんされていないし、そもそもそういう権利の概念がない時代からあった「食べ合わせ」の例です。

 なんかよく理由はわからないけど、これとこれを合わせると美味い。それだけの理由でおそらく江戸時代とかから作られてきたお料理だと思うんです。

 で、現代になってから栄養学的に分析すると、ホウレンソウを取るのはビタミン摂取にとても良いんだけど、ホウレンソウ食べすぎると葉っぱに含まれているシュウ酸が体に溜まって結石になったりする。そのシュウ酸を体にためないようにするにはカルシウムが多く含まれた食べ物を一緒にたくさん食べるといいですよ、ってなるんだけど、そう考えると、ごまって、カルシウムが豊富な食材なんですよね。

 こんな感じで、昔から経験的に知られていることで、それが実はすごく合理的なことになっている、というケースはいろんなところで見られます。

 

 で、この心理療法をしている先生がまさにそんな話をしていたんですね。

 それが、精神疾患にかかる人は、その人本人だけの問題ではなくて、家族関係に特徴があるというのが経験的に知られているということなんだそうです。

 その先生がそういう「経験知」のひとつの例として「天涯孤独の人は分裂病にならない」という、先生が心理療法の世界に足を踏み入れた昭和40年頃に伝えられていた言葉を教えてくれました。

 つまりどういうことかというと、分裂病、今の統合失調症は、主に母親が、患者に対してある種過剰で身勝手なかわいがり方をしているという条件がないと発病することはない、とこの先生は話していました。

統合失調症の患者さんは、診察室に母親を連れてくる傾向があるんですよ。結婚して別に家庭を持っていてもお母さんと一緒に診察に来る。そういう割合が非常に高いんです。で、躁うつ病の場合は、父母を伴ってくるケースはほとんどなく、配偶者と一緒に来る割合が高いんです。こっちはこっちでまたかなり極端で特徴的な家族関係があるんだけど」

 

 具体的な例を細かくを挙げて説明してくれましたが、本題からそれるのでここではちょっと省略します。

 それで、私が罹患した双極性障害のことをちょっと話した時に、先生は私の家族歴についていくつか質問しました。

 今書いた通り、先生曰く、家族関係が双極性障害とか統合失調症のひとってかなり特徴的かつ共通点があるそうなんだけど、私の家は当てはまらないので誤診じゃなかろうかと先生は言ったのです。

 これには驚きました。

「うーん、経験的に言われていることって、最近の精神科医療では全然踏襲されないのでね。こういう経験知って全く受け継がれなくなっちゃって、DSMのチェックリストだけを頼りに診断してしまうと、おそらく病気じゃない人でも病気になっちゃったりっていうのはありますよ。DSM診断だとわからない部分ってあるんですよ。あなたの場合、薬飲まなくても安静にしていたら症状が収まった可能性あるね」とまで言われました。

「じゃあなんで私そういう診断されたんですかね」と聞くと、「DSM診断のチェックリスト通りじゃなくても、チェックに相当当てはまったからでしょう」って。

「えー。まじすか。じゃあ何だったんですか私」

「それは僕にはわからないですよ。あのね、症状って消えることがあるんだよ。ただ、症状が消えただけで根本の問題っていうのが消えたわけじゃないんですよ」

「ん? どういうことですか? ちょっと理解できない」

 症状が消えたら「治った」って言っていいんじゃないの? そう思ったのでちょっと聞いてみました。

「え、じゃあつまり、先生の考えでは『治る』ってどういうことなんですか?」

 先生はこう答えてくれました。「僕の師匠の場合はこう定義していました。治ったか治らないかをまず考えない。社会人ならば『働けているかどうか』を重視するってことです」と。

「思春期統合失調症以外の統合失調症は、主に患者が学校を卒業したりして社会にでるときに罹る、双極性障害は社会に出てから罹るんだけど。で、妄想があるとかないとかは究極的には問題にしない。社会人として仕事出来ているかどうかっていうので見てますね」。

私が、「私の通院先の医師に『治るってどういう状態のことを言うんですか』って聞いたら、『元の岡さんに戻ることです』って言われたんだけど、基本的に双極性障害って慢性病だという定義から、薬は一生飲めって言われてるわけで元には戻れないですよね」って言ったら

「まあ、矛盾したことを言う時は患者を慰めたい時とかですよね。ただ、治癒の定義を明確にしていない治療者って案外多いですよ」と。

 

しかし……。私はどうしたらいいのかなぁ。うーむ。

まあでも薬のせいでメロメロになった時期はたしかにあって苦しいわけだったんだけど、双極性障害だと診断されないと診断書を書いてもらえなくて、診断書がなければ仕事を休めなかったし、傷病手当金だってもらえなかったわけだし……。

 

で、帰り道、電車に揺られながらいろんなことを考えました。

それで、思ったんだけど、いくら知識がすごくあって、正確なものの見方をしていて、いい薬があっても、「治るビジョン」を描けていない治療者は「治せない」んじゃないかって。

 

 話変わるけど、よく、あるじゃないですか、すごく恋愛とかで悩んでたりして占いにいこうかなーって思って、実際占いをネットで探して予約して行ってみたら、すごく人相が悪いどす黒いオーラの占い師さんが出てきたみたいなことって。

どんな人でもみんな、幸せになりたいんだと思うんです。どんなひねくれた人でも。心の中では幸せを願ってる、みんなそうじゃないかなって思ってて。だから、人は人にいろんな意見を聞きたくなったりするんだと思います。

そんな時、聞く相手が「幸せとはなんだろう」ってことを突き詰めて考えていて、ちゃんと幸せをイメージできていて、なおかつ幸せでいる努力をしている人ではない、不幸そうで、人の悪口とか愚痴ばっかり言ってる人だったとしたら。

その人の話は聞く意味がないんじゃないかなって思います。

水泳の本、1000冊読んでも、プールに行かないと泳げないのと同じで、知ってるのとできるのって、全然違うと思うんです。で、できて初めて人に伝えられることもあるんじゃないのかなって。

 

ヘンな結論になるけど、不幸そうな人の説教はきいてはいけない。そういうことなんだなと、自分の病気の経験を通じて思いました。

 

ちなみにこの先生は、癌になった人の心理療法も長年やっているのですが、癌の患者さんにも特徴的かつ共通した性格傾向があると言っていた。

「性格って生まれつきのものですか?」

「ほぼそうですね」

「そうなんですね、じゃあ、性格変えたら癌も治る?」

「実際そういうケースはありますよ。でもあなた、言うほど性格って簡単に変わらないですから。治癒のケースは少ないし、そうなるのは難しいけど」

「じゃあ生まれた時からの性格で将来なる病気って決まってるんですか?」

「そういう研究はすでにあるんですよ」

って面白いことを言ってました。この話はまた今度の機会にできたらと思います。