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自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

自分自身と戦い切った女性のお話

本の話 雑記 斎藤一人さん

すごくいい本でした。

破婚: 18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間

破婚: 18歳年下のトルコ人亭主と過ごした13年間

 

 

著者は作詞家の及川眠子さん。『残酷な天使のテーゼ』の作詞を手掛けるなど、私が説明するまでもなく、有名な方です。

エヴァの内容はほぼ忘れましたが、この歌はカラオケ行くと絶対歌います。

 

2度目のトルコ旅行の滞在先。たまたまホテルの隣にあった絨毯やさんの店番をしていたのが後の及川さんの旦那さんのEさんです。

その当時、及川さんには日本に彼氏がいたけれど、抗えない力に背中を押されるようにEさんを選びます。

 

「その頃私は7歳年上の彼氏がいた。彼は夢と諦めの間を生きているような男だった」

おそらく人間の心の機微がとてもわかるこの男性は、及川さんの心変わりを察して、「うちの荷物、送り返すよ」と別れを切り出してくれます。

 

晴れて付き合うことになったとたん、Eさんは元々あった事業欲をむき出しにして、及川さんにお金を無心するようになります。

その金額は、13年の間、およそ3億円。

最後は半狂乱になった夫の脅迫や嫌がらせ(ネットに携帯番号をばら撒かれたり、誹謗中傷のためにサイトを立ち上げられたり)で泥沼状態にもつれ、ようやく別れてみると、及川さんの元には7000万円の負債が残りました。

 

なんか。

これ読んで、及川さん、大変だなー、お金持ってんのにもったいない、変なのに引っかかったなー、って思う人は多いと思います。

確かに、初めはコップの水にほんの一滴インクの雫を落としたような夫への不信が、徐々にどす黒くなってゆき、最後には憎悪をはっきり自覚して別れるその様子が克明に記されているわけだから、そう捉えることもできると思います。

 

ただ私は、これ読んでそうは思わなかったんです。

ひねくれてますかね?

だって、及川さんは「私は彼を愛していたし、彼も私を愛していた」って繰り返し、言ってるんです。今でも。「私たちが愛し合っていた事実を、理解されなくて構わない」とも。

これだけのトラブルを包み隠さず書いておきながら、それでも愛し合っていたと書くのは、それは及川さんのただの強がりからでしょうか? 私は、ほんとに愛し合っていたことがある事実を、及川さんはその後のトラブルがあっても決してなかったことにはせず、大事にしているからこういう書き方になるんじゃないかなって思いました。

 

 それで思ったんだけど。

ほんとに好きな人ができたとき、それでその人にも奇跡的に自分を好きになってもらえた時。私がいつも苦しいのは、一人になった時に、なぜかその人の顔をはっきり思い浮かべることができないんです。

みなさんはイメージできますか?

世界で一番好きで、愛してるのに、見て見て見て、貪り見ていたのに、一人になるとなんでその人の顔を頭の中で再現できなくて、像が結べなくなっちゃうんだろう。

隣の席の同僚の顔とかは割とイメージできるのに。

それを考えた時に、ああ、そうだよな。って思った。人って幸せを再現しづらい生き物なのかもしれないって。

そういえば、好きなひとと一緒でものすごく幸せな時、行った場所とか見たものとか「幸せ」の証拠みたいなものは記憶してるけど、案外その時の感情ってはっきり思い出せないかもしれないって思いました。何がきっかけでこんな幸せな気持ちになったのか、とか。

逆に、憎悪や嫌悪を呼び覚ますような場所や人のことは細かく再現できる。これは人間の心の作用なのかな、だとしたらなんて悲しいんだろう。

 

及川さんは当代一の作詞家と言って過言ではないでしょう。

言葉のプロ中のプロです。だからこそトラブルの渦中でも起きたことを忘れず、あとから的確でえぐれるような実感のこもった記述ができた。

でもその及川さんの筆をもってしても、「自分が彼といてどう幸せだったのか、どう愛していたのか」はうまく説明がつかないようなんです。

及川さんとEさんの愛が深まるシーンはおそらく初めの方の半ページほどしか割かれていません。

 

見損なった、不幸にされた、だからあの時の愛も嘘だった。そうなりがちなところを及川さんは、あの時はあの時。愛し合っていた。間違いなく。そうやってちゃんと記憶に忠実でいるんだなって思いました。

 

私は以前、及川さんにFacebookでコメントをいただいたことがあります。

私が「なぜ夫と離婚したのか、よく聞かれるけど自分でも理由がわからない。経済困難でもなく、性格の不一致でもなく、まあ途中両方ともアル中だったけどそれはお互い様だし、異性問題は少なくとも表面化したことはない。離婚届を出す時、夫は『面白かったね』と言った」と書いたところ、コメントをいただきました。

うろ覚えですが、「私もお金全部持ってかれましたが、今も夫と結婚してよかったと思ってるよ」みたいなコメントだったと思います。

 

ただ、私と及川さんが違うのは、私は彼女に比べたら全然度胸がないなってことでした。

 

私が結婚してた時、頻繁なホームパーティや、夫の友人たちの集まり、私の仕事先との交流とかを通じて「ほんとに羨ましい夫婦だね」とよく言われていました。

私も夫に不満はないつもりだった。

でも、今思うと単に心理的距離が遠いだけだったのかもしれない。

なんかもっと心をぶつけあって、ガーッと喧嘩とかしてみたらよかったかもしれない。

夫と向き合うことが怖いのではなく、もっと距離を近づけたいとかそんな気持ちをぶつける勇気っていうか、自分と戦いきることができなかったのかもな。

人をきっちり、嫌って底が割れるほど感情を使い果たして別れる方が、人として誠実なような、そんな気がこの本を読んでしました。

 

及川さんは、離婚の後、ふとしたきっかけで飲みに誘われた男性と恋に落ちます。

離婚の顛末を知った遠い知り合いの男性が、なんとなく他人事と思えず連絡してきたのだそう。

それは桜の季節だったそうです。

彼も離婚したばかり。明け方まで飲んで、このまま帰ったらこの人はもうこれっきりだなと感じるような朝ってありますよね。

及川さんもそんな風にふと目の前の男性に焦がれたそうです。

「桜見に行かない?」

明け方の六本木から、タクシーで終わりかけの桜が散ってる目黒川へ。

そこで及川さんは言います。

「そばにいてくれよ」

「いいよ」

 

このシーンが最高でした。

「今までトラブルをひとつひとつ乗り越えた達成感から幸せを感じることはあったが、愛される喜びを感じるのは久しぶりだった」

ほんと、及川さんは素直な人だなあ。眩しいぐらい。

で、結局彼とはすぐに別れた、と書いてあります。ここもハードボイルドでいいなって。

 

及川さんはこれまでつきあった男性にこう言い放ってきたそうです。

「あなたにとって彼女や妻になる人は他にもいる。でも、及川眠子は世界で一人しかいない」。

傷ついてもその傷は、自分にとって恥に値しない。

「神様は初めから宝はくれないんだよ。宝に変わるものをくれるんだよ。それは困難にそっくりなんだよ」。私の好きな斎藤一人さんの言葉です。

 

 

「結婚なんて、人を狂わせるだけ!」って、帯にあるんですけど、これはミスリードじゃないかなって思います。

彼女は彼女だけの体験を、こうやって宝に変えたんじゃないかな。

なんかいいロードムービーを見てるような本でした。

あとつくづく思うんだけど、自力で稼いでる人は、ほんと強いなって。

だって転んでも誰に遠慮せず立ち上がればいいんだから。