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自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

エモく生きろ、さもなくば死ね

 幼女時代から、大人同士の会話の意味がわかる子だったようで、「この子は頭いいねぇ」「将来が楽しみ」「作文もうまいし弁が立つから将来は弁護士さんとかになるのかな」とか言われて育ったけど特に何者にもならないまま、今に至ります。

 一発あててえなあ。

 ってもう何十年も思ってきたんだけど。

 でも、割と有名な芸術家が周囲にいる生活を送ってるさっこん、彼ら彼女達が命がけで表現行為に挺身しているのを見ると「私そこまで根性ないわ」とか思ってしまうのです。

 まず作るのがつかれるでしょ。書くのだってさ、途中で飽きちゃって書くのやめたら商品にしてもらえないんだよ。何があっても最後まで書かないといけないんですよ。馬鹿みたいなこと言ってるかもしれないけど大変なことです。だって、300枚とか書くの死にますよ(ああ、最近は、原稿用紙の枚数で文字の分量の目安を言わないみたいだよね)。それを一冊書いただけじゃ食えないから何冊も。

 書いたら書いたでほめてくれる人なんてほとんどいなくて、大体黙殺されます。こっちの耳に入ってくる感想って、だいたいけなされているものばかりわけです。まあこの「業界」の先輩とかにですね。指導という名のdisを引き受けるわけです。場合によっては権威みたいな人にアサッテな批判を新聞書評とかに書かれたりとかですね(経験あります)。立ち直れないですよ。私は、褒められて伸びるタイプなんです。

 で、そういう自作への批判とかもまともに受けつつ、それでも次を作ると。そういうの見てるとすげーなーって思うし、もう、名前と顔晒してなんかしてるだけで、マジでリスペクトです。

 それで思うんだけど、いや、やっぱ、なんて言うんだろう。芸術やり続けるのって、才能の有無よりもっと重要なのは、創作欲を燃やし続けることができるかどうかってことだと思うんですよ。

 それは、書きたいという、作りたいという欲。

 で、さらに言うと、大体において「欲」っていうのは、ほかの「欲」とも連動してるから、作りたい欲が強い人は、褒められたい欲も強いし、食べたい欲や、恋愛したい欲も強いんですよ。欲が強いってことは生命力が強いってことだよね。

 

 私、最近若い女の子と結構遊ぶんです。なんか楽しいんですよ。恋愛の悩みとか聞くのが。だいたい恋バナしかしないですからねわけーのは。

 うちら世代になると、地雷ワードばっかりになるんで、当り障りのない話になるんですよ。ほら、結婚してない子がいると結婚話はNGだし、子供いない子に遠慮して子育て話もできない。かといって主婦の子に遠慮してバリキャリ話もできない。となるとできる話がいまいるレストランの、自分の眼の前にあるゴハンがうまいとかですね。「水素水ってアレ、効かないんだよ」「えー。そうなんだ? でも、紀香が宣伝してるじゃん」とかです。

 そんなもんだから、自分を晒してテメーの話をしてくれる若い女の子と遊ぶと楽しいです。

 それで、こう、自分を性的な目で見てくる男性をどうかわしたらいいのか。みたいな話に必ずなるんですよ。いいよな、25歳とか。

 で、結局、セックスを簡単にしていいのかどうかっていうのは私にはよくわからないんです。私自身、もっとやっときゃよかったなと思うこともあれば、まあ、割と十分やったんじゃないの? と思う時もあり。てかまだやってるし。どうだ、気持ち悪いだろ。アラフォーでもセックスするんだぜ。
 話がそれた。いろんな考え方があるじゃないですか。でも結局なんだろう、セックスを相手に明け渡すとなぜ傷つくということを本能的に彼女たちは恐れるのだ? 

 自らのセックスを「大切」にし、だいじなひととしか「しない」という価値観は、つまりセックスを異性と交換する何か重要なものの「対価」として考えているということで、それは「対価」として値付けされかつ無差別にやり取りする売春婦とはネガポジの存在である、ということを言っている人がいたな〜とか思いながら、いつも彼女たちに私が言うのは。

「一つだけ言えることは、ババアになってからのほうが人生長いんだぜってことだぜ。やれるうちにやりな」。

 

もう、これに尽きるね。

だって、欲って落ちてくるんだよ。一度落ちた欲をもう一度燃やすの、相当大変だよ。焚き火と同じですよ。

で、欲を失うと人は死ぬんです。

今年67歳になる父親を見てても思うけど、60年も生きちゃうとだいたい何も面白くなくなるわけ。

父は経営に成功して割と大きな金額が入ってくる生活をしてるんだけど、あるとき悲しそうに言ったのは、

「映里、俺な、月に200万以上使うと体調崩すんだよ。俺の器量ってな、月200万なんだよな」って言ってて。自分のキャパを超えていいもん食べたり遊んでると疲れちゃうのもわかっちゃったわけ。

そうするともう、お金もそこまでいらないやってなっちゃうでしょ。すると事業広げてやろうって気にもならなくなるみたいで。あとは退屈になってもうすることがない。

 

だから、できたらずーっと切れ目なく恋愛とかしてた方がいいし、切れ目なく仕事してたり欲を途切れず燃やし続けたほうがいいと私は思う。

それでこの本をおすすめします。

流れるままに、愛 (集英社文庫)

流れるままに、愛 (集英社文庫)

 

小森和子さん。愛称は「小森のおばちゃま」。

まあ、若い世代は知らんと思うけど、映画評論家です。

この人は遅咲きの人なんだけど、出版界隈には若い頃からいたんです。

菊池寛だったり川口松太郎とかの愛人として。

ダンスが得意で、おきゃんな女性だったみたいです。

で、結婚するんだけど。

淀川長治さんのところで映画評論の修行をしてるんだけど、仲違いして淀川さんから離れます。その後、夫が愛人つくってしまって離婚。

おばちゃまの映画評論って、小難しくなくて、すごく特徴的なのは、今のBL好きの腐女子みたいな目線があったことなんだよね。

なんていうのかな。俳優・女優のセックスアピールをガシっと受け取って、きっちりそれに反応して、書いてる。美しさから逃げないし保留しない。崇拝者でいることを恥じない。

私思うんだけど、俳優が持っている美とか、セクシーさとか、そういうのに股間を濡らして書く、それが一番平和だなって思う。性的な目線を隠さないっていうことが。だって誰も傷つけないじゃない。しかも、美しい人間に性的に反応してしまう自分を出すって結構、勇気いるからね。そういう実感のある評論をしている人だったなと思います。

 

それにしても、男性遍歴の描き方が本当にあけっぴろげです。

菊池寛って、没後も、菊池さんが面倒を見ていた作家たちがたくさん菊池さんに恩を感じていたので、菊池さんのイメージを汚すことを書くのを許さないみたいな風潮ってあったと思うんです。たとえば、文春出身の小説家で、川端康成ゴーストライターをしていたという噂もある佐藤碧子さんという女性が菊池さんの愛人だったということは半ば公然の事実だったんですが、それを佐藤さんまあほぼ認めるような形の本を書いたのがきっかけで、佐藤碧子さんは業界を干されてしまうんです。

菊池さんの影響力は死後まで続くほど、それほどの業界のドンだったわけだけど、おばちゃまはすごくて、この本の中では菊池寛さんがEDだったってことまで書いてますからね。まああっけらかんとしてます。

 

ねこは長生きすると、「ばけねこ」になる資格をゲットするらしいんです。

80年代のあの頃。「大屋政子、塩沢トキ、小森和子」という、ばけねこ3人娘みたいなのがテレビを席巻していた時代がありました。懐かしいし楽しい時代だったな。

おばちゃまのマスメディアへの露出のピークっておそらく彼女が60代の頃だったと思うんだけど、バリバリに恋話をしていましたね。その中でも、名言を残していて。

「おばちゃまね、何年か前にジェームズ・ディーンちゃんのお墓参りに行って来たのね。そしたらおばちゃまの上がっていた生理がまた始まっちゃったのよ」。

 

常に濡れて生きろ。常にエモく生きろ。欲を燃やして生きろ。

おばちゃまの生き方を見ていると、彼女の生命力にあやかりたいって、そう思います。

 

映画監督の今村昌平さんも、こういう言葉を遺しています。

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「すべてチンポが固いうちだぞ」

 

 

とりあえず恋しよう、私も。

 

 

 

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