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自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

血の繋がらない弟がおしえてくれたこと

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以前結婚していたときたあったんですが、

入籍して二年過ぎた頃に、結婚式をしました。

式の後は、

親族のテーブルがふたつ、

友人のテーブルがひとつの、

ほんとに小さな披露宴もしました。

 

前のブログには書いてますが、私には

1つ年上の姉がいて、姉は父と絶縁しています。

で、私の結婚式でおそらくふたりは、

10年ぶりぐらいで再会したんじゃないかな。

 

式が終わって、私は服を普段着に変え、

式場のロビーに降りて行きました。

ロビーの端にあった応接セットに、姉と父が

こちらに背を向けて並んで座っているのが見えました。

 

ああ、これがきっかけで和解してくれたのかな。

そう思って、近づいていくと、姉の刺すような声が

聞こえてきました。

「だって、お父さん、私たちのこと捨てたじゃん」

姉の血の出るようなことばを聞いて、私は思いました。

 

ああ、おねえちゃんはお父さん大好きなんだなって。

大好きだから許せないんだなって。

なんでそばに居てくれなかったんだよ、って

責めたくなっちゃったんだろうなって。

 

そう、痴話喧嘩みたいなもんですよね。

姉は不器用に、愛情を伝えていたわけなんだけど、

結果的にこの日は姉と父にとってなんのきっかけにもならず

また次の日から、没交渉の日々が始まったのだった。

 

母は父の6歳年上で、

家の中では一番偉い人って感じでした。

父は中卒なのですが、母はいつもそれをバカにしていた。

漢字もろくに書けないとか。

で、私はそれを真に受けて、

父に「おとうさんは漢字書けないんだね」って言ったとき、

すごい悲しい顔をしたのを覚えています。

 

父が出て行ってから、母は、父のことを以前に増して

悪く言うようになりました。

女性問題と、お金のことが本当に最悪だったと。

姉もそうですが、私も、母の言うことを信じて、

父を憎悪し、離婚の調停の時には、母側に有利になるよう

陳述書まで書きました。

 

ところが、母の自殺後、父と再会した時、父は

「お母さんは、よく、うちに様子を見に来てたよ」と

言っていたんです。

びっくりしました。

母は、父の転居先の住所ももうわからないと言っていたのですから。

「それに、お母さんは俺に手紙もくれたよ、死ぬ一年ぐらい前かな」

「なんて書いてあった?」

「私が悪かったって書いてあったな」

「うそ、お母さんは、お父さんが最悪だってずっと言ってたよ。お金のこととか、女性のこととか」

「それは俺に言われても困るんだよ。お母さんは、お母さんが聞いてもらいたいことを話すだろうから、おれにはどうしようもないからさ」

再会してから、父から聞いたことです。

 

母も、父を愛していたのかもしれない。ずっと。

でも、母の性格ゆえか、相手をけなすことでしか

愛情を伝えることができなかったのかもしれない。

たまにそういう人はいる。

でも、娘の私は言葉通りに取るじゃないですか。

私、もしかしたら、父親に捨てられたっていう過去を

変えることができるかもしれない、ってその時に感じたんです。

 

私には25歳年下の弟がいます。

父の再婚した奥さんの連れ子なんです。

再婚した奥さんはすごく暖かい、癒し系のいい人で、

弟も、ちょっとオタクっぽいけど、すごく素直でかわいい子です。

で、父は、弟の学校の行事とかに、ちゃんと出て行くんですよ。

クワガタとりも付き合ってあげたり、

一緒に人生ゲームをしてあげたりして、

父は、弟をすごくかわいがっているんです。

 

はじめ、私はその弟に嫉妬しました。

自分にはしてくれなかったことをしてもらってて、いいなって。

子供のとき、母に「映里は男の子だったらよかったのに。

お父さんは二人目は男の子がよかったって言ってたから」と言われたのが

ずっと引っかかってて、弟は、男の子だから、

父が特別かわいがるのかななんて思ったりもしてたんです。

 

でも、最近、それじゃ「フツー」だなって。

たんに普通の、親とうまく行かなかった離婚家庭の子供っていう

存在として、これからの人生も時間を過ごしていくのが

つまらないなって、思ったんです。

やっぱ発想を変えていかないと、ドラマは生まれないなって思って。

 

それでいろいろ考えて、

弟をかわいがっている父を見たとき、

「ああ、自分も小さかったから覚えてないけど、

お母さんが言ってることだって

事実と違うことがいろいろあったみたいだし、

お父さんはこうやって子供のときに

自分をかわいがってくれてたんだろうな。

弟にしてるみたいに」

って考えるようにしてみたんです。

 

そしたら、いろんな「楽しかったこと」を思い出しました。

長瀞町の渓谷で沢登りをしたこと。

釣りを教えてくれたこと。

焚き火のときの火の付け方を教えてくれたこと。

スキーを教えてくれた。

かまくらを作ってくれた。

たべたことがなかったふぐを食べさせてくれた。

みず、っていう山菜でご飯に乗っけるおかずをつくってくれた。

ほんとに、いろんな楽しいことをしてくれていたんです。

人って白なら白、黒なら黒って訳にはいかない。

確かにうちの父は途中から家からいなくなったけど、

だからといって悪人とは言い切れないっていうか。

 

弟がいたから、父の良い面をみることができ、

それがきっかけで自分のなかで眠っていた

嬉しい、良い思い出を引き出すことができたので、

弟ありがとうって感じです。

そしたら父のことを許せたし、

弟のことも好きになりました。

今は父の家に遊びに行くと、普通にゲームを貸してくれたり、

どうでもいい話をしてくれたりして、嬉しいです。

 

あと。父は中卒だけど、後年起業して、

今創業して25年を超えたと思います。

私の出た大学は、一応一流大学と言われてますが、

そこはひと学年に何千人もいるわけです。

でも、起業して、会社10年存続させられる人が

その一流大学の人の中に何人いるのかって思うと

数%もいないんですよ。

父は、東大入るより難しいことをし続けてると思うよ。

学歴じゃないんだよ、って。

ほんとはお母さん、それ解ってたはずだよねって

思います。

頭いいから、見どころがあるから、いい男だから、

けっこんしたんでしょ? お母さんはさ?

愛してる人には、生きているうちに、

愛しているっていいたいです。

 

 

 

ではまた。

 

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