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2年前に「死にたい」気持ちにとりつかれて自殺したかった私のいま

たのしい生活 雑記 双極性障害 本の話 自殺遺族 死にたい 自殺念慮

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 どうもこんばんは。

日曜日の午前23時59分が、2時間7分前に過ぎました。

それにしても、

週5日働いてるのに、週2日の休日で疲れが取れるとか、

本気で思ってるんでしょうか?

週休2日制って、言い出した人は、

小学校で足し算と引き算習ったのか? もしくは割り算。

だって、一週間は7日なんだから、

休みと労働の比率は3.5日づつでしょ、どう考えても。

って思うんですけど、泣いても笑っても朝になったら出勤です。

で、今も原稿書いてて煮詰まってるので、ブログに逃げてきました。

 

うちは自殺の家系なんだろうか?

私の母は、アラフィフになってから、

フルタイムのOLとして働き始めました。

父が出て行って、離婚したからです。

母の職場のあった神田神保町まで、

埼玉県の三郷市から、通勤してました。

すごく遠かったんじゃないかな。

私は、中学・高校が三田にあったんですが、

7時40分の礼拝に間に合うためには

5時半過ぎに自転車にのって駅に向かってましたもん。

雨の日も雪の日も。

今考えると、通学に二時間とかかけてて、偉すぎる、自分。

で、母も私の学校のそう遠くない場所に

通勤し始めたので、帰りに、母と待ち合わせて

神保町のランチョンによく行きました。

メンチカツがおいしいんですよ、あそこは。

母はビール飲んでました。

それで私に言うんです。

「お母さんね、仕事はじめてから、

電車乗るようになったでしょ。

でね、電車がホームにワーって入ってくるときにね、

なんだか無性に電車に飛び込みたくなるのよ。

で、いつも、壁に背中をつけて

電車が来るまでじっとしてるんだけど」

それを聞いていた中学生の私は、

母が何を言ってるんだか、全く意味がわかりませんでした。

だってこうやってビール飲んでるし。

それに、母には彼氏もできたんです。

いわゆる社内恋愛ってやつで。

で、お金は確かにないけど、死にたいって言うほどじゃなくないか?

って思ってました。

てか、大げさじゃね? 

って思ってました。

 

その後、母は、いろいろあって、61歳でほんとに自殺しました。

飛び降り自殺なんですが。

うーん、身投げしたいって言ってたあれ、ホントだったんだなって、

死んだあと思いました。

で、母は、死ぬ前の3年ぐらい、いのちの電話の相談員を

やってたんです。

笑っちゃうでしょ。

でも、おそらく、相談する立場に回るほど、

自分が弱い人間だとは認めたくなかったんだと思う。

私の親世代は、今よりずっと、

家族や近親者の自殺=隠したいことっていう

意識が強い中で育ってますから、

自分がそういう人間だというのはどこかで

恥ずかしいって思っちゃってたんだろうと思う。

でも、私も死にたい人の気持ちが分からなかったし、

周りに誰も理解してくれる人がいないから、

だから、「相談員」という形でなら、

相談を受けるという立場でなら、

死にたい人たちとつながって、気持をわかちあうことが

できるって思ったのかもしれない。

 

私も飛び降りたかった。

 

で、母が死んで約10年後、私が今度は双極性障害になりました。

何度も書いてますけど、1年4ケ月の自宅療養中は、

まじで死にたい気持との戦いでした。

死にたいっていうか、死にたくはないんだけど、

なんか、バーンと飛び込みたくなるんだよね。

なんていうのかな、飲み会の一気飲みみたいな感じで、

根性見せたくなっちゃうっていうのかな。

なんか、自分の中の衝動を、形にしたくなってしまうっていうのか。

まず、電車を見ると飛び込みたくなるんです。

で、私は最寄りの駅が地下鉄なんですけど、

電車がホームに滑り込んできて、完全に停止するまで、

自分が飛び込まないように、

柱に背中をくっつけて、じっとしてました。

それで、ああ、これか、お母さんが言ってたのって思いました。

 

それで、今なんですけど、

今は別に死にたくないです。

ただ、いつ死んでもいいと思ってます。

で、死にたかった2年前は、飛び込みたいんだけど、

ほんとは死にたいわけではないって思ってました。

 

死にたい気持ちですら変わる

で、何かで読んだんですけど、

自殺を思いとどまった人の10年生存率は、8割を超えているそうです。

これ、どっかで記事で読んだはずなんだけど、

今探せないので、ソース貼れなくてすみません。

つまり、一回死にたいピークを超えちゃえば、案外みんな生きてる。

これ、私、わかる気がします。

なんか、もう十分病んだので、今は一回死んでるのと同じぐらい

なのかもしれない。

だから、もうあと生物的に死ぬのはいつでもいいや、

って感じです。

うちの母みたいに10年死にたい気持を維持してるほうが

案外珍しいのかもしれないなと思います。

 

それで思い出したのが、吉村昭さんの短編集です。

 

星への旅

星への旅

 

この本の中に自殺志願者たちが集まって

一緒に死ぬ話が書かれているんですが、

これがすごい面白かった。

面白かったって言うと語弊があるのかな。

当時は2ちゃんねるもないので、新聞の3行広告とかで

自殺志願者を募集して、

集まった行きずりの男女が6人ほどで

トラックを借りて荷台に乗り、

ある町の海べりの断崖絶壁まで行って、

全員の手足をロープでくくりつけて、それで

いっせーのせで、

飛び降り自殺するって話なんだけど。

心のなかのそれぞれの気持がリアルに再現されてて、

その中の一人が、

「おれやっぱ死にたくない気がする。

でも、もう、空気的に、やっぱやめるわ、

悪いけど帰るわって、言えない雰囲気だわ」

って思うんだけど、時すでに遅し。

みたいな描写があるんですよ。

 

私これ読んだ時、ああ、死んだらもう、

後悔すらできないもんなあっておもいました。

死ぬ人は周りに迷惑かけるとか、

悲しませるとか、そういうこと言っても

なんの抑止力にもならないと思うんだけど、

その死にたい「気持ち」って、ほんとに信用できますか?

って思うんです。

「気持ち」って、変わりますよ。

私は病前と全く同じ環境で生活してますが、

いまと当時では、物事の捉え方が全然違いますもん。

 

「気持ち」って、事実を忠実に映し出す鏡ではないんですよ。

その気持ち、変わることがあるんですよ。

で、気持って、環境を変えたり、物事の捉え方を変えることで

自分の力で変える事ができるんです。

環境に関しては言わずもがなで、

離婚したり引っ越したり転職したりすればいいんだけど、

じゃあ物事の捉え方はどうやったら変えられるのか。

その方法っていうのは、長くなるから

今は書かないけど、必ずそのうち説明するので、

もし気になる人は少し待ってれば書きますので。

 

筋トレでもして、すこしおまちください。

 

 

気持ちって、そんなもんだぜ。

そんなあやふやな気持ちに、命かけちゃっていいの?

いつ死んでももう後悔しないと

私は思ってるんだけど、

でも、そんな私は、自分の気持ち、ってものを、

あんまり信用してません。

 

それでは。

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