読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

川底に沈んだ石みたいに本だけが残った。永沢光雄『風俗の人びと』

f:id:okaimhome:20161102184710j:plain

 

 

11月1日、昨日ですが、ライターの永沢光雄さんの御命日だったそうです。

1959年生まれ、2006年没。

昨日一緒に食事をした、先輩が教えてくれました。

永沢さんのことは、2丁目に行き始めた当時、

いろんなゲイバーとか、スナックとかに、その著書『AV女優』が

おいてあったので、名前だけは知っていましたが、

2丁目そのものを好きになれなかった自分は、

何か嬉しそうにオカマのママが

永沢さんのそのアル中ぶりを語り、

他のライターにはアヤをつけてシメて、

すでに出版済みの原稿を引き上げるとか

無理難題を吹っかけて泣かせたのを

目の前で見たこともある、

めっちゃ怖いビアンのバーのマスターでさえ、

「あの人だけは本物の物書きだ」とか、

町の名物みたいになっている永沢さんの本を

読みたいと思うきっかけがありませんでした。

私は割と近所の人たちの交流が希薄な三郷の

団地の一室で育ったので、

田舎の人たちやマイノリティの人たちが

あつまって町を成し、寄り添って寂寥感を埋めあうようなところに

なじめなかったんだと思います。

阿佐ヶ谷に住んでた時も、やっぱり

「内輪に入ってきたら無条件に優しい」みたいな、

そういう雰囲気が苦手でした。

 苦手だからと言って嫌いってことではないので、

単に距離を置いてるだけですよね。

 

で、私の本を担当してくれている浅原裕久さんが、

永沢さんの『恋って苦しいんだよね』っていう本を

担当していて、この本のデザインをしている

井上則人さんが、私の本をデザインしてくれていたので、

いつか読まないとなと思ってたんだけど、

昨日が命日でふと、ああ、今かもなと思ったので、

読んでみました。

 

 

永沢さん代表作は『AV女優』で、

評価が最も高いのは

『愛は死ぬ』と『恋って苦しいんだよね』だというのは

知っていますが、それを避けてこの本を選んだのは

1990年当時の風俗店のジャンルをかなり網羅していることで、

当時の新風俗にふれた永沢さんのリアクションが知ることができるであろうことが、

興味を引いたことと、あともう一つは、

この本は筑摩から出てることです。

筑摩でジャンル最前線のルポと言えば、

佐野眞一さんの初期の傑作『業界紙諸君!』がありますが、

もしこういう感じのものが読めるなら読みたかったので。

筑摩のノンフィクションってやっぱりいいものが多いですよ。

 

時は1990年。エイズが世間をにぎわしていたころだ。

それと同時に、東証の株価がいきなり四割も下落し、バブルが数字の上ではじけた年でもある。しかし、世間的なバブルの雰囲気は1997年頃まで続き、ジュリアナ東京がオープンした1992年ごろから、バブル的カルチャーが百花繚乱になっていったような印象がある。

ドイツのベルリンでは、東西を分かつ壁が崩壊して冷戦が終了、ルーマニアではクーデターが起こり独裁者が射殺され、そして昭和が終わった年だ。

 

ここに出てくる風俗のジャンルは60種類を超えており、

そのひとつひとつに章を設けている。

永沢さんがその風俗に従事する人に取材をしてその声を拾い、

時には体験し、そしてその時の素直な感想を記している。

 

女性に対して自信を持てない男性に、レディスコミックに掲載されている様々な広告に目を通すことをお勧めする。女性も自分と同じように、いやそれ以上に、いろいろなことで悩んでいるということが、わかるに違いない。(テレクラの募集広告を見て)

 

 

死んじゃったからってそんなことベラベラ喋られたんじゃ浮かばれないよね。(SMクラブを取材した時に女王様が顧客情報をしゃべったのを聞いたときの永沢さんの感想)

 

「取材の者なんですが……」

「そんなもん、いらん!雑誌なんかに載ったって、なんのエエこともない!」

 

 

僕が出版社に勤めていた頃、同じフロアにロリコン漫画雑誌の編集部があったのだが、そこを訪れる読者の男の子たちの妙な暗さに、はっきり言って嫌悪感のようなものを抱いていたからだ。日々、自分でもイヤになるほどダラダラと酒を飲んで時間をうっちゃっている僕でさえ、「コラ、君ね、シャキッとしなさい、シャキッと。ほらほら、ショルダーバッグを下げたまま人を上目使いで見ないで、床屋に行って、スポーツでもしなさい。エッなんだって?君、言いたいことがあるならハッキリ言いなさい、ハッキリ」と、怒鳴りつけてやりたい衝動にしばしば駆られたものなのだ。(ロリコン愛好家について思ったこと)

 

家族は母と妹がいます。妹はもう結婚してしまいましたけど。父は新聞記者だったんですけど、或る国の戦争を取材している時に、地雷を踏んでしまい、死んでしまいました。父は中東と東南アジアが担当で、いろんな国を母と転々としていたので、わたしが生まれたのも外国です。おかげで、七カ国語が喋れるようになりました。ええと、日本語でしょ、それに英語、イタリア語、パキスタン語、インドネシア語、アラビア語、それとマレー語ですね。でも、借金もそれが災いしちゃったんですけど……。

 (ホテトル嬢が永沢さんの取材答えて)

 

とにかく私は店から店へと蝶のように移動しては取材をした。

 

永沢さんが取材したものの中には、

今は存在するのかも定かではない風俗ジャンルもある。

「ダイアルQ2」や

「ふんどしパブ」や

「ビデオ相互鑑賞会」などもそうだろう。

何とかして合法的に、セックスにこぎつけたいという、

日本人のセックスをめぐる苦闘の歴史を

思わずにはいられなかった。

 

ここに出てくる「風俗の人たち」は、

サービス従事者の女性はたいてい20代、

テレクラで遊ぶ女の子たちの年齢は中学生だったりもする。

風俗に流れてきてしまう女の子が語るライフヒストリーは

それぞれに不幸めいた色彩を帯びていて、

でもどこか似通っている。

それは、永沢さんの耳が悪いわけでもなく、

バイアスがあるから

似たような記事を書いてしまうのでもなく、

語る側が、言葉を持っていないのかもしれないと思った。

「幸福の形はいつも同じだが、不幸の形はそれぞれ違う」と

アンナ・カレーニナに書いてあったけど、

そうでもないなと私はこれを読んで思った。

風俗嬢の語る不幸の形はかなり同じようなものだなと思った。

ちらほら固有名詞も刻まれている。

「元祖テレフォンセックスの女王・清水節子嬢」

「風俗ライターの中村小夜子さん、あべしょうこさん、深沢薫さん」

当時はこの業界ではおそらく有名人だった、

彼女たちはどこに行ったのだろう?

 

「一度でも風俗で働くと、そういう匂いがわかるんですよ」

だから、風俗からは抜けられないよという言葉を、

ソープ嬢が言うシーンがある。

私は20年前に貧乏な大学生だった。

バブルは完全にはじけ、一番親しかった女の子の母親は

東銀座のパチンコ屋で打ち子のバイトを始めた。

底辺っていうものの匂いが流れ込んできたのが、

1997年頃だったと思う。

風俗で働き始めた子もいた。

20歳の私は、風俗が近いところにあったのだ。

今、当時の同級生たちは、普通にバリキャリとして

外資企業のディレクターをしていたり、

母親になって家庭を守っている。

「匂い」は20年後には落ちている。現状の自分であきらめて

将来への結論を短絡する必要はないと、今の私は

その風俗嬢に言ってあげたいと思った。

 

この本に出てくる風俗のいくつかは消え、

風俗嬢たちも消え、

そして、永沢さんももうこの世にはいない。

永沢さんを記憶し、懐かしく語る人も、

いずれはいなくなる。

この本だけが、川底に沈んだ石みたいに残った。

 

秋のメランコリックな今日みたいな日には、

いい本だなと思いました。

 

それでは。

 

告知

2016年11月30日に渋谷ロフト9で、

漫画家の田房永子さんのイベントの聞き手をやります。きてね

www.okimhome.com

 

 

ask.fmのアカウントを持っているので、質問があったらそちらにもどうぞ。

ask.fm

 

ご案内

このブログの中の人について 

 

よく読まれている記事です

2年前に自殺したかった私のいま 

断捨離ができない私はどうしたらいいですか。

自己啓発本にまみれた果てにたどり着いた場所

エモく生きろ、さもなくば死ね 

Google検索も恋人も、私の代わりに決めてはくれない

人生相談。質問者私。回答者私。

120円で友達を作った話 

 

うちの3匹のねこの日常も少しずつおしらせします。

アンモナイトねこ

うちのもんた 

しろねこ 

 

Twitterやってます。