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自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

6年前にレーシック手術を受けた。

今日、昼ごはんを食べながら、Kindle Unlimitedの『月刊はあちゅう』の2016年11月号を読んでいた。

 

よく泣く大人たちのこと: 月刊はあちゅう(2016年11月)
 

 

その中に「医療関係者の人と食事をした」という日の記録が書いてあってこんな興味深いことが出ていた。

 

この間、医療関係者の方とご飯をした時にレーシックをした後に、売れるお笑い芸人が多いっていう話を聞いた。

 実際、その人が関わっているクリニックで、レーシックを受けた芸人さんが、何年も連続で、術後1年後くらいに、お笑いの有名な勝ち抜き戦とかで優勝しているらしい。

 これは、医療としての根拠ではないけれど、目が良く見える、ということは、人をほんの少しポジティブにするのではないかと思っている、という話だった。(月刊はあちゅう11月号)

 

はあちゅうさんの『月刊はあちゅう』は、すごくゆるい内容なんだけど、たまにこういうハッとすることが書かれているので、Unlimitedで読むには最適なコンテンツだなと思います。単体で買うと600円なんだけど、その金額を払うのはちょっと躊躇はする……。そう考えると、飲み代にひと月何万円も使ってるのに、たった600円を払い惜しみたくなるって、私にとっての支払いに対する価値観について少し考えてしまいました。

 

で、レーシック。

いろいろ言われてるレーシックですが、私も受けてます。

ちなみに、はあちゅうさんも就職する前に受けたそうです。

私は、2009年4月12日に有楽町の品川クリニックで受けました。

知り合いの戦場カメラマンが、トルコで片目ずつ受けて、すごく快適だ! と喜んでいたので、値段も10万円ぐらいだったし、私もやるか、とそんな軽い気持ちで受けました。

 

手術の時間そのものは20分もしなかったと思います。

でも、麻酔が効きづらい体質のせいなのか(←この頃、最も飲酒量があったころなんだけど関係あるのかな)、点眼麻酔があまり効かず、本当に痛かったです!

お医者さんに頭がっしり押さえられて受けましたが、術後、貧血を起こしてしばらく具合悪くなって、医院に併設してある休憩室で休みました。

なんで手術の日にちまで覚えているかというと、この日、NHKスペシャルで国分拓ディレクターの『ヤノマミ』が放送されたからです。

 術後つけなければならないUVカットの保護サングラスをしながら、あまりの痛さに涙が止まらず、目がはれあがった状態で、ほとんど目があかなかったので、この傑作ドキュメンタリー番組を私はほぼ音声のみで味わいました。

 

そんなさんざん痛い目(文字通り)にあったわけですが、レーシックを受けたことは本当によかったなと思います。

これまでいろんなお金の無駄遣いをしてきた中で、これはほんとにやってよかった自分への投資だったなと。

私は顔にメスを2回入れてるんですが、1回目は小学校の時で自転車で転んでこめかみを割り、12針縫ったとき。もう1回目がこのレーシックです。

 

私は高校2年生のころから急激に視力が悪くなり、メガネを作ったらなお悪くなり(メガネって、メガネをかけてない時とかけてる時と、見え方がまるっきり違うのでものすごく疲れませんか?)、どんどん近視が進み、手術を受けるときは両目の視力がそれぞれ、0.02とかだったと思います。しかも乱視も入っているため、裸眼ではまっすぐ歩くこともできない状態でした。

大学生になってからコンタクトレンズを付けていましたが、やっぱコンタクトレンズを何時間も装着するストレスってすごくあったとおもいます。

レーシック後は、起きた瞬間から天井の壁紙の模様まではっきり見えるのにまず感動したし、美術館や映画館でも「見えないけど……まあしょうがないか」と、現場を味わうことを妥協せずに済むようになったのもすごく良かったです。

 

そして何よりも震災の取材の時。

レーシックを受けててよかったと、このときほど思ったことはありません。

私が最初に入ったのは釜石市でしたが、被災者のみなさんは家に戻って自宅用のメガネをとりに戻る余裕もなく高台に避難し、そのまま自宅は津波で壊滅状態になりました。だから、何日もコンタクトをつけっぱなしなんて人はざらにいました。

また、ガソリンもなかったので、津波のエリアから内陸に1時間ほどの、遠野というところは普通の日常が営まれていて、水も米も豊富にあったしコンタクトの保存液も生理用ナプキンも売ってたけど、ガス欠のためそこまで車で移動できないため、物資を買いに行くことが不可能な人が大半でした。

なので、私は盛岡から遠野を通過して釜石に行くとき必ずコンタクトレンズの保存液を買って、避難所においてきていました。

釜石は海底の泥砂が市街地の内陸数キロメートルのところまで、数十センチ~10センチぐらいの厚みでかぶっていたため、日が経って土が乾いて風が吹くとものすごい砂塵が舞いました。レンズ収納式の私のリコーのGRが細かい泥が入り込んで動かなくなって壊れたぐらいですから、コンタクトの人は常に泥塵で目がごろごろして相当つらかったんじゃないかなと思います。

 

術後6年経ちました。私はかなり強い近視だったため、左目が再度コンタクトが必要な状態になるかもしれないと初めに医師に説明されていましたが、今のところそれはなく、両目とも視力は1.5です。

仮に今後、メガネ等の矯正が必要な状態になったとしても、この6年間をかなり快適に過ごしたことの価値はなくならないと思っています。

例えばあらかじめ未来が見通せるとして、「どうせまたメガネが必要な生活になるけど、6年間はメガネなしで快適な生活を送ることができる。手術を受ける? 受けない?」と神様に聞かれたとしたら、私は「受けます」というと思います。

 

友人のアイドルの追っかけをしている友達も、やはり追っかけ生活のためにレーシックを受けましたが、すごくやってよかったと言ってました。

 

ネットの医療関係の評判サイトを見るとネガティブ情報ばかりが出てくる(レーシックだけではなく、精神医療についても)のですが、やってよかったよ、と思ってる人もここにいるので、それを書いておきました。