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自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

差別する母親に育てられたこと

自分がどういう時にキレていたのか、

先日の田房永子さんとのイベントの準備の時に

考えていたのですが、

「自分を軽んじられている」と感じたときに

怒っていたような気がします。

 

例えばなのですが、

3人で話していて、なんとなく自分だけが会話に入れず、

でも、二人がフォローもしてくれない、とかですね。

そういう時に「バカにされているんじゃないか」

「下に見られているんじゃないか」と思って怒っていたと思います。

私の怒りパターンはほとんどの場合この応用だったような気がします。

 

で、なんでそこまで過剰に「軽んじられている」かもしれないことを

怖れていたのだろうと思ったのですが、

昨日なんとなくピンとくることがあったのでメモしておきます。

 

ありきたりですが私のこの「軽んじられる」ことへの

かなり強い恐怖感は、母親に植え付けられたんだと思います。

 

私は、かなり母親にかわいがられて育ちました。

私には姉がいるのですが、3歳とか4歳ぐらいの頃、よく覚えている光景は、

ベランダに出されて泣いている姉を、私は部屋の中から見ている

というものでした。

「お父さん早く帰ってきて」と言って泣いていた姉に、

部屋の中から母が、「お父さんは夜まで帰ってこないよ! バカ!」みたいな

ことを怒鳴り返していました。

それを見ていた時に私は「お姉ちゃんじゃなくてよかった」と思っていました。

 

死ぬ前に母は姉に詫びていたんですが、

「私は映里の方がかわいいから、ふたりが川に落ちて溺れていたら、

映里の方を助けるからね」

とか母はしょっちゅう言っていましたし、

私だけには中学受験をさせました。

その際も姉に「社会に出る時苦労しても、お母さんを恨まないでよ」とか

言ってました。

 

私はそういう時「自分はかわいがられる側でよかったな」と思っていました。

そして姉のことを「勉強もできないし、かわいそう」って思ってました。

そういうふうに思っているのだから当然、姉と私の仲は悪かったです。

 

つい最近まで気が付かなかったのですが、

かわいがられて育てられた側にも、あとあとそれで自分が苦しむような

問題のもとを植え付けられますね。

それは、「ずっと優秀でいないといけない」ということです。

そうしないと母親から、姉のような扱いを受けるかもしれないという恐れから、母が望む人間になろうとしていたんだと思います。

そうしないと、かわいがってもらえないということでしょう。

無条件に愛されたことがないってことなんだなと思います。

 

私は十分に優秀なのに、受け入れられていない。

私は、ここにいるだれよりも賢いのに、なんだか軽んじられている気がする。

 

そういう不安な気持ちになってしまうのは、ここが原因だったのだなと思いました。

 

インスタントな怒りは、その場の現象に反応しているのですが、

実はそれは過去の傷が疼くからなのだなと思います。

その過去の傷を突き止めて、見つめてみると、何かが変わるような気がしました。

 

また、私は学歴とか経歴とか年収とか全然気にしない人になったのですが、それは、ある時期までそれに縛られていたからです。母親がそういうのを気にする人だったからでした。

 

母がなぜそうなのか。

母がなぜ姉に虐待と言っていいようなことをしたのか、

それは母の心に問題があったからだと思うのですが、

 「母が悪い」で判断を停止してしまうと、

自分が今よく起こしてしまいがちなトラブルのパターンに

気が付かないままのような気もします。

 

今、私はおとな。

怖いことに向き合っても、怒りを感じても、どうにかなってしまうことはないので、過去ものすごく嫌なことがあったその気持ちから逃げるのはやめてみようと思いました。