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一歩。

たのしい生活 認知行動療法

聞く技術について。

 

取材者にとって聞く事の本質は、話し手の「秘密」を引き出すことではないかなと思う。

治療者にとっての聞く事の本質はなんだろうと考える。おそらく治癒を目的とした「聞く技術」は、取材者の「聞く技術」とは違い、相手の言っていることの虚偽を見抜いたり、秘密を開示させることではないのだろうということは何となく分かる。

具体的にどういうことをするのだろうか。

 

精神科医に当たり外れがあるように、治療者としてのカウンセラーにも、相性や職業的努力をしていない人もいるんだろうと思うけど。

 

今日、とある精神科医療についてのわかりやすい一般向けの本を書いているライターさんとメッセンジャーで話をしていた。

私はずっと殺人事件の取材をしてきてその中で手記を取るということをやってきました。 それで思うのですが、考え方というのは個人が独立して持っているのではなく、自分ひとりの脳みそが、環境という外部の人間関係に影響されているものだと考えています。なんというか事件の磁場に集まって来てしまうひとは、加害者被害者関係なく、私も含めて事件がお似合いっていうのか。そういう感じがします。類友っていう言葉がありますがそのとおりだなと思います。なので、ひとりで認知療法をするのは環境的に無理っていうのがあるのもなんとなく理解できます。私も、認知療法を我流でやり始めてから、まるっきり人間関係が変わりましたし。

ここまで書いてふと思った。私、勉強してみたい。

認知療法についてのワークショップ参加するには専門職資格をとる必要があると書いてある学会がほとんどなので、何かの資格をとる必要がある。