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乳首の毛で彼女と別れた人の話

たのしい生活

「彼女の乳首から毛が生えているのを見つけてしまってどうしても萎えてしまい、でもそれを言い出せずに別れた」という人と飲んでいた。「乳首の毛、抜くか剃るかして」と伝えるよりも別れを切り出したほうが心理的ハードルが低いっていうのが興味深かった。彼女は別れの理由がわからず、混乱して不安定になったそうだ。

 

自分にとっての問題点は明らかなのに、それを相手に言い出せないために別れを選ぶ。

彼の行動は、極端だろうか?

こういう行動を取る人を、私は割と知っていると思った。

 

喩え話だが、パワハラ上司から身を守るため総務等に配置転換の希望を出すのはごく合理的な対処法だと思うが、それを言い出せず退職するということを選ぶ人は確実にいる。

言い出せない。だから、ストレスがたまる。鬱々としたりも、する。

そうするとうつを疑ったりする。心療内科に行って「自律神経失調症」の診断書を書いてもらって職場を休む。

でも本当にうつ、だろうか?

「自分が病気だから」と、自分に原因を作ってしまうことのほうが、自分の問題点を開示して、それを相手に伝え、相手の反応を予測するより、苦しみが少ないのかもしれない。ある種の逃避かもしれない。そして、そんな心の動きが自分をさらにうつにする。

 この時のうつの原因があるなら、職場から逃げたからなのではなく、「言い出すことができない」と、自分から逃げてしまった自分を責めているんだろうと思う。 
「言い出せない」のはなぜなのか。いい人でいたいから、とか、失望させたくない、とか、いろいろだろう。自分が言い出せないパターンを見つけると、こういうときまたちょっと対策が立てられると思う。

 

恋人と食事を摂っていて、「歯に青のりがついている」ことでさえ言い出せないことがあるのは、「その人に、何ら注意を換気せずに、今の今まで恥をかかせて続けてしまった」という自責の念と、「あなたは恥ずかしい状態で世間に現在存在していますよ」と自分が宣告してしまう、圧倒的にその人に恥をかかせる「宣告人」を引き受ける覚悟ができないということがあるだろう。

私は、口周りに食べ残しをくっつけている人がいると、「今気がついた!」という感じで、手でつまんでとってあげるようにしている。そうすると、お互いに「おお、なんかが口についてたね!」と驚きを共有できるような気がして、自分の立場を相手の立場にちょっとだけ近づけることができるような気がするからだ。

 

おそらく、実際言いたいことを口に出すプレッシャーより、状況そのものを放棄してしまうことを選ぶ人は結構いるんだろうと思うし、そんな感じで私にも覚えがある。

 

ただ、言葉にしないまま内面の葛藤を抱えているだけでは現実は変わらないということもまた事実だと思う。

「仕事量を調整してほしい」

「乳首の毛を剃ってほしい」

「歯のノリをとってほしい」

言葉を発することで、現実は変わる。

それは日本人が大好きな「自己責任」の世界ではじめて生まれる「現実を変える」為の具体的行動ではないかと思う。