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自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

ことばにできたら7割は解決している

小学校の教室でおしっこもらした事件

突然なんですけど、小学校一年生の時、私、教室でおしっこ漏らしたことがあるんですよ。

掃除の授業? のあと、クラス全員が一列に並ばされて点呼かなんかしてた時だったと思います。

トイレに行きたくてかなり限界だったので、先生に「トイレに行っていいですか」と聞きました。先生は、あまりオオゴトだと思わなかったんだろうと思いますが、「すぐ終わるから少しがまんして待っててね」と言いました。

それでずーっと点呼を聞いていたのですが、あと数人で終わるあたりで気が緩んだんだと思います。もらしました。

私はその場で泣いてしまいました。

やっぱり恥ずかしかったんだよね。

だって小学校ってさ。トイレでうんこしただけでその日一日大騒ぎされるぐらい、下ネタにみんな敏感だからね。

 

で、翌日から、ナオ君というクラスのガキ大将(家にトラ皮のじゅうたんがある)が中心になってずいぶん囃し立てられました。

ただ、その後数日で、からかわれるのは突如収束しました。

というのも、ナオ君のお母さんが学校に謝りに来て(私の件とは別の件でナオ君がやらかしたらしい)、お母さんが教室の外の廊下で泣きながら先生に土下座しているのを見ていたナオ君の顔が能面みたいに無表情になってたのが忘れられません。

そう考えるといじめっ子もなんか心の闇があるんだろうなって思った。

 

で、それ以降は学校では特におしっこ漏らしたことをなにも言われなかったし、自分も話題に出さなかったし、割とずっと学校で人気者のような感じで過ごしてたと思います。

でも、これ私ずーっと、気に病んでたんだよね。

 

この間、中高の同級生に「実はお昼の時間にハブられてたことがあったんだ」っていう話を教えてもらったとき、私の中で快活な印象しかない彼女の印象が大きく変わったのと同時に、私もずっと言えなかったおしっこもらした話を彼女にしました。

 

で、「こうやって、口に出して言えるようになると、あのころ苦しんでたことがずいぶん解消できてきたんだなって思えるよね」って。

「そうだね。しかも笑いに変えられたら最高だよね」

「昔の苦しかったことを笑いのネタにできたら完璧に過去と和解できてるよね。でも、口に出せただけで、その時の苦しさの七割は受け入れてる気がするんだよね、すでに」

「そう思う」

なんて話をしていました。

 

私の例は、すごく小さいことかもしれないけどさ。

みんないろいろ苦しんで言えないでふたしてることってあると思う。

親の離婚とか。虐待されたとか。少年院に実は行っていたとか。

ずっと黙ってたことを言葉にした時、自分の過去とだいぶ和解できたサインだと思います。

 

それと同じ原理だと私は思っているんだけど、

病気になった時。

「治る、治すんだ、治したいんだ」

って言えたら、それは病気を受け入れているんだと思います。

受け入れて認めたら、対策を立てられる。

例えば精神科を探すとかね。

本を読んで自分の病気の勉強をするとか。

治すと決めて、治すと言えたら、やっぱりその時点で7割ぐらいは治ってるんだろうと思います。

 

ことばにしただけじゃ、現実は変わらないとか思うかもしれない。

でも、私は言葉って種みたいなもんだと思ってるんですよ。

地面に種をまいただけじゃ、

一見変化がないと思われるかもしれないけど、

地上に芽が出ていないから見えないけれど、

ことばっていう種が地面に根付いているところなんだと思う。

芽を出して大きな木を茂らすことだってこれからできるんだと思う。

いい根っこを張ろう。