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絶世の美女ですら「完全な賞賛」は得られない

すごい美人がパーティーにきたら 

認知行動療法をつくったデヴィッド・バーンズさんの本を読んでて、出てきた例で、ほーと思ったので書いておきます。

 

すごい美人の人がいるとします。

誰でもいいから想像してみてください。

私の場合はマリリン・モンローが大好きなので、彼女かな。

で、マリリン・モンローがパーティ会場にいたとします。

 

その時、どう思いますか?

私だったら「うわー、ゲロマブだ〜。やべえ〜ハアハア」ってなります。

 

で、ここから先がエクササイズです。

ほかに、どんなことを考える人がいるでしょうか?

「きれいだな、きっと気持ちも優しいひとなんだろうな」

と思う人もいると思います。

「本当に美人だな、うらやましい。人生イージーモードだろうな」

と思う人もいると思います。このあたりはもう、賞賛から妬みにはいってきてますよね。

で、

「美人だから、きっと自分なんかを相手にしてくれないだろう」が、「お高く止まりやがって」と、はじめから自分を拒絶することを想定して、だったら自分もとばかりに、マリリンを憎悪する人もいると思います。

というか、これは全部、私の中にある感情です。どれも並立しています。マリリンを見た時に、どれが引き出されるのか。それだけの違いです。そして、それってコントロールできるけど、反射的に出てきてしまう場合もあると思います。例えば生理前とかですね、あと借金の返済が近い時とかはおそらくマリリンを完全に賞賛しきれないかもしれない。逆に、上司に褒められたあととか、好きな人に告白してうまく行ったあととかは、良い反応が出るんじゃないかな。

 

生きていたら絶対だれかに反感を持たれる

ここからわかることは何でしょうか?

私は、

自分がどんな自分であっても、批判する人はいる。

ということがわかるなと、思いました。

ということはつまり、

私は私でいることそのものにはなんの問題もない。

問題があるとしたら、判断する人の側にある。

ということも言えると思います。

その人がどう思うかは、私にはコントロール出来ないからです。

 

なにか、自分が批判されるんじゃないか、否定されるんじゃないか、と恐れて一歩を踏み出せないとき。

どうせ、自分でいれば批判したり否定したりする人はかならずいるんだよな。

っていうことがわかってたら、何をやるのもあんまり人の目が、気にならなくなるんじゃないかなと思いました。

 

マリリンモンローでさえ、100%の賞賛は得られなかった。で、彼女はその「批判の声」だけを信じてしまって、現実にも不幸になったんじゃないかなと思います。

キリストでさえ、批判されてるんだもん。

みんな何してたってなんか言われるんですよ。

だったら、気にしても仕方ないですよね。そう思いませんか?