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怒りの感情を恐れない

今朝、怒ってしまった

今朝、友達からちょっとしたからかいの言葉を言われて、

怒ってしまったので、そのことを書こうと思います。

 

彼は、私の過去の行動で、私自身が「失敗した、やらかした」と

苦々しく思うようなことを、あえて言葉にし、

繰り返し繰り返し「からかう」という人です。

毎回「もうその話でからかわないで」と不快さを伝えていたのですが、

あまり本気で私が嫌がっていることを理解していなかったのか、

今朝もそのことでからかってきました。

 

彼は、アーティストなのですが、憎めない面もあるので、

毎度嫌だなと思いつつも、

自分が苦痛にならない程度の距離感で付き合っています。

でも、今朝は朝ぼーっとしている時に、

突然メッセンジャーで

前置きなしにいきなりからかわれたので

反射的にキレてしまいました。

 

「なぜ、あなたはいつも人がいやがることをするんですか?

何度も、もうやめてと言っているのにやめないで、その都度私が激怒してしばらく連絡をとらない……ことを繰り返していると思いますが。なぜそうなんですか?

①私を軽んじている

②人が嫌がることをするのは得策ではないということを理解する能力にかけている

③軽んじてもおらず、理解する能力に欠けてもいないが、人が嫌がることをするのが好き

④辞めたいと思ってもやめられず、からかってしまうのは、チック症状のようなもので、周囲は諦めるべきだ。

どれですか?」

 

と聞きました。

で、彼に聞きながら、私自身も考えました。

嫌なことを言われたら、いやな気持ちになるのは当たり前のことです。

とくに、人に嘲笑されるためにからかいの言葉をぶつけられているのに、「なんか嬉しいなー」と喜んだり気持ちが良くなる人は普通はあまりいないと思います。

最近、思うのですが、怒りの感情が生まれる現象とは「生理現象」です。

人に自分を傷つけられることを言われて、不快になり、怒りを覚える。

それは、お酒が好きな人が、仕事の後のビールののどごしに快感を覚えるのと同じようなものと同じで生理的な感情です。風呂に入ったら気持ちがいいのと同じです。

生理的な感情や欲求は基本的にはコントロールは不能です。

食欲を最終的には絶対に抑えることができないのと同じです(もし、できたらそれは摂食障害等の精神的な問題を抱えていると言えると思います)。

 

だから、怒りを感じるのは当たり前の生理現象で、それは自分に許してあげようと思います。

でも、怒りを表現し、行動化する時。

「適切な怒りの表し方」に私はずっと苦労してきたんじゃないのかなと思いました。

というのも、私は怒りすぎてしまう、というのがあると思います。

今回も言う必要のない、罵倒やこき下ろしをしてしまいました。

具体的には

「たいして才能がないんだから、人柄ぐらい良くしないとダメなんじゃないの、芸術家としては」

とか、

「人が嫌だって言ってるのに繰り返しからかうとか、本質的に人の痛みに疎い人なんだから、多分、人に話を聞いたりする仕事には向いてないだろうね。やめたら、仕事」

とかです(彼はドキュメンタリー作品をつくったりしているので。一方でこれはホンネです。ただ、ホンネを言うと許されるということでもないと思っています。外見的欠点がある人に「あなたははげていますね」というのは、たしかに正しい発言かも知れませんが、決して人を思いやっている発言ではないからです)。

 

私は今朝どうしたらよかったのでしょうか?

 

苫米地英人さんのこの本を読んだことがきっかけで、

私は怒りを他人にわかるように表明するときに条件を設けているのですが、

①されたことで自分に不利益が生まれた時

②されたことが自分の予想外だった時

このふたつの条件がそろうときに、怒りを表明していいと決めています。

そして、怒りを表明する場合は感情をぶつけるのではなく、不利益のリカバーでなければならないはずです。

生理現象を生理現象のまま外に出しても、意味が無いからです。

 

怒りを表明してもいい条件を満たしていたか?

今回、私がされたことは怒りを表明しても良い条件を満たしていたでしょうか?

①はクリアしていると思います。朝の大事な時間を、過去の自分の失敗をあげつらわれて不愉快にさせられたからです。

②は微妙です。彼には前科があるからです。しかも何度もあるからです。

 

というわけで、怒りを表明していい条件は満たしていないと思います。

それは理解したのですが気持ちのやり場がまだありませんでした。

そこで、私は何か別の攻撃材料を探そうと頭のなかで記憶を探りました。

 

彼はとても口が軽いという欠点があり、

彼にだけ話していた私の人間関係上のことが他の人にいつのまにか広まってしまい、

その関係者が激怒して私を絶縁したことがありました。

この事を蒸し返してさらなる攻撃を加えようか思案しました。

でも、この案件は、よく考えると現象が2つの層に分かれています。

①彼がいいふらした

という現象と

②関係者Aさんが私を絶縁した

という現象です。

 

で、彼の口の軽さという欠点と、関係者Aさんの行動は本来別物です。関係者Aさんの行動の責任を、彼に押し付けることになってしまうのでこれで怒りを表明するのはお門違いだなと思いました。

つまり、Aさんが私と絶縁したい、と思ったのは、彼の「口の軽さ」は引き金にはなっていたでしょうが、真相はもっと前から私にムカついていたのかもしれず、あくまでも「きっかけ」にすぎないかもしれないですし、彼だけに責任が有るとはいえないからです。

 

そういうわけで、この件で彼に怒ることは筋違いだな、と彼と話していてなんとなく理解できました。

そこで、一旦やり取りを中断し、違うことをすることにしました。

判断力が落ちている起き抜けの朝の不意打ちのからかいは、私にとっても彼にとっても惨事を招くなと思いました。怒りを表現して彼を傷つける前に、ちょっと時間をおけばよかったと反省しました。これからはそうしようと思います。

怒ることそのものは自然のことです。喜怒哀楽のなかで、怒りだけを不当に抑えよう、コントロールしようと思うのは、どこか怒る自分を受け入れられないからなんじゃないかなと思います。怒っていいですし、怒る自分も自分だと受け入れた上で、「どう表現して、不利益をリカバーするか」適切な行動に出るための練習が必要だと感じました。

 

その上で、私は彼の人を傷つけて喜ぶ性格が好きにはなれないので、今後、突然朝連絡をしてくるような「馴れ馴れしい関係性」に線を引きたいと思いました。