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自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

新入社員時代、「独りになれないヤツはなにやってもダメだ」って先輩に言われた。

事件現場でも同期に電話してた

新入社員時代、先輩に言われたいろんな助言、あったと思うんですが、覚えてるのはこれだけです。

私の場合、新入社員で入った会社には同期が私を含め5人おりました。

で、未だにこの5人で呑んだり、いろいろあそんだりして、仲がいいと思うんですが、新人時代には特に同じ部署のIくん、似たような週刊誌のセクションにはMくんという男の子(当時)配属されてまして、かなり仲良くしてもらってたと思います。

 

22歳だったのかな、まだ。当時は。

で、6月に衆院選挙がありまして、その時に入社二ヶ月目ではじめて地方出張に行きました。行った先は島根。竹下登が死んだ直後の弔い選挙でした。

それから、担当を決めると言われて、「お前は女だから芸能担当やって」と言われたんですが、今もそうなんですが、私全然芸能に興味が無いんですよ。

で、えー。と思っていたら、

当時まだ珍しかった出会い系サイトを利用した男女が、痴情のもつれで諍いに発展し、男が女性(人妻)を刺す、という事件がありました。

今から振り返るとなんだその程度のこと、というような内容の事件なのですが(とは言え人が死にかけてるわけだから大変なことです。マスコミずれってこわい)、当時は出会い系サイトという新味にみんな湧いて、連日関東地方某所にある、女性の自宅(夫と暮らしている家)にマスコミが押しかけた、ということがありました。

で、私も何故かその現場に加わることになり、誰も取れなかった女性の入院先の病室内での被害者女性インタビューが取れてしまったんです。

なんでなのかわからないのですが、私は病院取材で一度も拒否されたことがないんですよね。多分記者に見えないからなんだと思うんですが、病室に入って、名刺出して、話聞きたいんです、っていうと、今まで答えたことがない人でもなぜか、ああいいですよ。ってなるんですよ。不思議なんですが。

で、結果的にそれはスクープとか言われてテレビで「なんでこの談話が取れたんですか」みたいな特集とかが組まれたりとか、ありました。

それがきっかけで、事件が得意ってことになって、部署を移ったあとも事件ばっかりやることになり、全国行くことになったわけです。

 

で、事件って、私みたいなぽっと出の1年生でもスクープが取れちゃう反面、政治取材とかを専門にやっている人のように人脈を作っていっていいネタ元を捕まえて……という事ができないので、いつでもまっさらなところからネタを掘っていかないとならないんですよね。

具体的に言うと被害地域の近所を何十件とか、ピンポン鳴らして訪問販売の人みたいに、話を聞かせてください…とかですね。そういうことをやるんですが、すごく辛かったですね。

で、「マンション一棟ぶん、ピンポンやりおわったら、電話しよう」

っていって、仕事の合間合間、同期にずーっと電話してました。

 

多分ひとりで持ちこたえられないぐらい辛かったんだろうと思います。

まあ、で、会社の先輩は私のそういうところを見てたんだと思うんですが、ある時、夜ひとりで会社に残ってた時に先輩に、こう言われたんですよ。

「おまえは、仲間とつるみすぎる。もっと独りにならないと何もできないから。独りになれない奴はなにやってもダメだ」

って。

 

 

ああ、そうだなと思いました。

自分に自信がないと独りになれないんだと思う。

独りになれない理由はわかってるんです。

それは、自分に自信がないから。

自分でなにかを判断するとか、自分で考えるのが苦手だったんだと思います。

そんな私が突然、ひとりで現場に放り出されたわけです。

その時、「自分で考える」練習をすぐにでも始めればよかったんだと思いますが、なかなかできなかった。

なんでかって言うと、現場においては自分ひとりの振る舞い次第で、取材対象者の態度が変わってしまうことにショックを受けてたからです。

「話す=結果◯」「話さない=結果☓」がはっきり分かれてしまう、見知らぬ人に自分を信用してもらって話を突然してもらうっていう現場にはじめはぎょっとして、まあ、、、それが社会の厳しさって言ったらそうなのかもしれないけど、こんなに結果がはっきりわかれるんだなと、さらに自分の振る舞いに自信をなくしていったんだと思う。

いまは、単に仕事上のことだって割り切れますけど、当時は取材を断られたら自分の全存在を否定されたような気持ちになってました。

それで、うまく行かなかった時は、「これでよかったんだよね」みたいなことを、現場を共有していない同期にぶつけて、なんとか安心したかったんだと思う。

うまく行ったら行ったで(後半私はやたら密着取材ばかりするようになる)、取材対象者を好きになれなかった時に、自分を殺さなければならないと思い込んでいた。それは原稿を人質に取られているという気持ちでいたんだと思う。この人が話せば、原稿にできれば、あとはなんでもいい、と自分の気持にまで背いていたと思います。そういう時も、独りになるとすぐ同期に電話して、延々と愚痴ってました。

 

この、「独りになれない」クセは、先輩から指摘されたあとも、しばらく、と言うかつい最近までずっとありました。

常に「正解」を世間や他人に求めてしまう。

だから、いい大学、いい会社、夫、子ども、そういうものを身につけたくなってしまう。

ちなみに、今、資格を取ろうとしていますが、

資格を求めようとしてしまうのも、未だに自分の自信の無さから来てるんだろうなとは思います。

ただ、私が取ろうとしている資格を持ってないと見ることができない場所があるので、それを見たい。それは本心としてあります。

 

でも、資格なんてほんとはいらないんだよ、資格がなけりゃ人を支援できないとかっておかしいし。

スティーブジョブスだって、斎藤一人さんだって、本田宗一郎だって、世の中を切り開いた人は資格で切り開いたわけじゃないんだから、資格なんか無くても、身ひとつでやる気になったら世の中渡ることはできるんだよなと。

多分、資格のために勉強してしまうのは未だに恐怖としてあるんだと思う。

 考えるのが苦手だけど受験とか試験が得意、それが私なんだろうなと思います。本来的にはね。今は、考える練習もがんばっています。

 

話がずれちゃったけど、先輩に言われた「お前はもっと独りになれ」っていうのは、

「自分に基準を持て、正解は自分の心に聞け」っていうことなんだろうな、と今は思います。

 

最高の同期とウエーイするのもいいけれど。

若いうちから、独りでいることの大切さを知り、自分の基準を育てる時間を持つと、もっといいかもしれないな、と、思います。

 

私に「独りになれ」っていってくれた国安輪さんの本です。名著です。 国安さん、天国でお酒飲んでますか?