自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

入学2ヶ月でぼっちになった話。

自分で決めたことなのに苦しい。なぜ?

 

学校に入学して2ヶ月が過ぎ、もうすぐ3ヶ月目です。

結構あっという間だなと思ったのですが、いろいろ発見がありました。

まず、一緒に学んでいるクラスメイトの属性が本当にバラエティに富んでいます。

私が最年長かと思ったら、50代の方が学んでいたり。

逆に大学を出てすぐに入学してきた人もいたりします。

当然、性格も様々です。

出版社に勤務していた頃は、なんだかんだ言って、働いている人のキャラが似ていたと思います。基本的にみんな本を読むのが好きで、文化系の趣味や知識が豊富で、あんまり喧嘩っ早くなくて、酒をよく飲む人たちでした。

学校に来てみて、クラスメイトの人たちのキャラがあまりにとっちらかっているので、久しく思い出さないことを思い出しました。

「う、この人苦手」

「こういうシチュエーション、嫌い」

これです。このブログで散々「怒らなくなった」とか書いてるのに、全然進歩してないじゃん、って感じですよね。

でも、クラスの中にいるだけで別に利害関係なんてないのに「キャラが受入れられない人がいる」っていうのがこれほどのストレスになるんだな、というのは発見でした。いるだけで不快、というほどまでではないのですが、なんとなくじわじわ削られる感じなのです。

だから、職場とか学校とか、苦手な人がいる場所に行くストレスって、バカにできないし、自分への影響って確実にあるんだなと改めて気が付かされました。

 

私は例えて言うとこういう会話が苦手です。

「今日、駅を出てまっすぐ歩いて、3つめの信号を左に曲がって、そのまま歩いてると川があったので橋を渡ってきました」

なんというか、その体験をしたその人ならではの発見を伝えてくれないまま、プロセスだけを教えてくれるような会話です。

で、さらに苦手なのが、この「プロセス共有」の話を、グループでするというものです。

じゃあ、自分は、自分が楽しくて盛り上がっている時はどういう会話を普段しているのか、ということを逆に最近考えているのですが、まあ、それはおいといて。とりあえず「プロセストーク」とでも名づけましょうか、そういうものがダメなんです。苦手。

何度かその輪に加わって、どうしようもなく退屈になってしまいました。

「なんでこんなダラダラ話してるんだろう?」とかイライラし始めたりして。

「面白いのか、この話」とか。

で、結局苦しいので、ひとりで本を読んだりスマホをいじる感じになりました。

すると教室でぼっちじゃないですか。

そういう時に自分がすごく苦しい。

私、結局人とうまくやれないんだって自分を責めてしまう。

 

自分がやりたくないことをしないって決めたから、そういう「プロセストーク」輪から離れる決断をしたわけです。

それは自分が決めたことなのに、なんで苦しいんだろう?

 

って思ってた時に、精神科医の水島広子先生と漫画家の細川貂々さんの共著『それでいい。』を読みました。

創元社様よりご恵投頂きました。ありがとうございます。

 

水島先生の本も、細川貂々さんの本もたくさん読んでいて、お二人の組み合わせで本が出ると知ってから発売が楽しみだったのですが、思いのほか早く、本が手に入ったので嬉しかったです。

 

人間関係のズレと役割期待を知って自分を捉えなおそう

 

水島先生は対人関係療法を日本に紹介した第一人者です。

対人関係療法は1960年代に誕生した精神療法です。薬物治療をメインとしないこの療法は現在急速に普及しているそうです。

そのコアとなる部分は「人間の悩みは対人関係で生まれ、対人関係に癒やされる」という考え方なのかなと今現在の私は理解しています。

 

細川さんが苦しんでいる自己イメージ「ネガティブ思考クイーンである」ということを、水島先生はまず受け止めて「それでいい」「それがあたりまえ」という新しい見方があることを示します。

そのうえで、自分がこのネガティブである自分のままどうしたら「ラク」に過ごせるのか、具体的な「人間関係」の圏域を示して語られていて、それがすごくわかりやすく(言ってみたら「3ステップ簡単クッキング」のように、すごくすっきりした理論でとてもわかりやすい、一度覚えたら心に残る)示されているので、すごくいいなと思いました。

つまりそれは、人間関係の「ズレ」と、役割期待というふたつのキーワードで語られます。

「ズレ」というのは自分がこうであるべき、というような自己イメージや思い込みが、実際に自分がこうであるほうが「心地いい」「自分らしい」という実像や本音とズレているのではないか、ということだと私は理解しています。それを見つめなおしてみよう、というものです。

 

私自身は、「自分に興味のない会話には一切加わりたくない」というある意味超わがままな「本音」を持っています。でも、自分が「集団でワイワイできる人」であってほしい、とも同時に思っています。

ここには明らかにズレが存在しています。集団でワイワイできる自分になりたいと思っていても、繰り広げられているのは興味が持てない会話なのです。どちらを選ぶか? という自己決定の結果「ひとりでいる」ことを決めたわけです。ここにはなんの葛藤も本来ないはずです。ではなぜ苦しむのかと言ったら、自分の思い込みや理想との「ズレ」に苦しんでいたのだと気が付かされます。

 

また、役割期待についても、人間関係を3つの圏域に分けて、自分にとっての重要度の順に、自分が相手にしていいこと、しないほうがモメないであろうことを整理していますが、これはすぐにでも使える方法だと思いました。

 

さらに、細川さんは水島先生から、「自分についてネガティブに評価している点」を「ポジティブに、もしくはニュートラルに捉える」ための価値転換の方法を示してもらい、その都度目からウロコ状態になっているのですが、これってつまり、自己客観化のためのプロセスだなと思うのです。

私自身、いろんな方法を試してきた中で、やっぱり、自分の捉えなおしってすごく重要だなと思っていて、その自分の確信と、これから本の執筆などを通じてやりたいことに触れる内容になっていたので、すごく親近感を持って読みました。

 

私は教室で一人でいることが多いけれど、それは別に孤立しているわけではない。

自分が心地よく楽しく、また必要を感じた時に人と繋がることができる自分を尊重しているから、いま一人でいるのだ。

苦手な人とも、自分が適切に距離を取ることができていれば、これ以上自分が相手に悪感情を持つことはない。そういう意味でも、「ワイワイできる自分」に基準をおいて苦しむことは全く意味がなかった。そこに気が付かされました。

 

ひとりがこわくないから群れない、いつも穏やかで、必要に応じて楽しく会話できる、そういう自己イメージに作り変えていこうと思いました。

 

いい本をありがとうございました。