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スーパーマーケットで神体験

「自分って今何考えてるんだろう」の観察

 

最近、「自分って今何を考えているんだろう」ということをよく考えています。

考えているというか観察している、って感じでしょうか。

先日など驚いたのですが、朝起きて、学校に行き、歩いて帰って途中のお地蔵さんに線香をあげ、自宅についてご飯食べて寝るまでの間に、30人は下らない人数のことを批判していました。それは会ったことのない人も含めてなんですが。

ああ、自分って、なんでこんなに批判的なんだろう? って思ったのと同時に、自分はそういう批判しているときって気分が全然よくないってことにも気がつきました。ということは、つまり、自分を不快な環境においておいても平気だったのだ、ということもわかりました。

家はきれいになったのですが、心の中の整理はまだまだ年単位で気長にやっていく必要があるようです。ただ、それでも何となく確実に前よりラクになってます、生きてて。楽しいなと思える回数も激増しているし(前が死にたかったのだから、それに比べたらちょう激増です)。

 

 

近所のスーパーが宝石箱になった

さて、最近そんな感じで「自分が何考えてるか」観察にハマっている私ですが、今日、朝スーパーに行ってすごい体験をしたのでそれを書いてみます。

これまでスーパで買い物をしている時、私が何を考えているかについて、まともに意識したことはありませんでしたが、今日はっきりわかったのは「この中で毒が入ってないものはどれなんだろう」ということでした。つまり、産地とか食品添加物とかについて気にしていたということです。

そう、スーパーにいる時間ってすごく不安とか恐怖とかの時間になってるんだなということに気がつきました。

じゃあ、そういう不安や恐怖をなくすにはどうしたらいいか。

スーパーに行かない。

そういう決断をすることもできますが、別の意味でものすごく生きるのが大変になります。完全無添加、無農薬の「安全」な食材を調達するためのこれまでの何倍もの労力を使わなければならない。その上ヘタしたら引っ越しまでしないとならなくなるかも。

それは無理なので、違うことを考えたいと思いました。

そこで、添加物ってなぜできたのかについて考えてみました。

「日持ちがするように」とか、「安定的に安価で食べ物を提供できるように」とかが理由なのではないかと私は思いました。

ということは、ほとんどの場合「毒を入れたい」という動機で食品を作ってる人っていないんじゃないかって思ったんです。

 

そしたら、スーパーにおいてあるもの全部が「私が生きやすいように存在しているんだなー」って思えて、すごく幸せな気持ちになりました。笑

我ながらおめでたいなと思いつつハッピーになってしまいました。

そして驚くことに、食べ物が毒だと思うと何を買うのも怖いし、口に入れる時もびくびくだけど、自分のために食べ物メーカーさんも食品になってくれた野菜や肉もがんばってくれてるんだな(よかれと思ってやってる)と考えたら、全部がいいものに見えたので、ほんとに食べたいものを買うことができました。

今日買ったのはズッキーニとじゃがいもでした。それでニョッキを作りました。

 

近所のスーパー。毎日のように行く場所で、ここまで見え方がガラッと変わるのって、面白いなと思ったので、自分のなかの「神体験」としました。