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「死ぬときはひとり」を受け入れる

 

http://www.okimhome.com/entry/2017/09/06/215041

 

昨日こんなことを書きました。

 

つまり、家族に囲まれていても子供に恵まれていても、死ぬときはひとりだよ。

ってことです。

孤独死あたりまえ。

 

なんでこんなことを考えるようになったかというと、私の場合はお母さんが自殺したからかもしれない。

生前の母は姉の家族と同居していました。

孫にも恵まれ。

 

でも、病院の屋上から飛び降りて死んだ。

つまり側から見て「お孫さんと一緒に暮らせるなんて羨ましいわねぇ」、なんていう生活を送っていたのに、心は死ぬほど孤独だった、ということなのかなと。

 

しばらく私はこのことをどう考えたら良いかわからなくて、

私はひとりになりたくないと、結婚したりもしました。

でも、死ぬときひとりなのは当然だとして、

自分がひとりで生きてること(独身)に納得してれば、一人で死んだとしても別に恥ずかしくも惨めでもないんだな。

とさいきん思うようになりました。

よく考えたら私は、芯から男好きなので、できたらたくさんのイケメンと時間が許す限り遊んでいたくて結婚なんてしてる場合じゃなかった。

 

ツイッターで王様専属床屋さん(スマホで書いてるのでリンク貼るのめんどくさいから、興味あったら自分で検索してフォローしてね、面白い人です)が、

病死は病が原因、

だとしたら

孤独死は孤独が原因で死ぬことではないか。

と書いていてハッとしたんだよね。

つまり死んだときひとりかどうかってことではないんだと。

 

そう、ひとりでいてもそれに納得しているなら、その人は孤独とは言えない。

家族と暮らせていてもどうしようもなく心が虚しくてひとりな気分に苦しんでいるなら、それは孤独だろう。

 

じゃあどんな状態にあっても、自分を受け入れる。

私はひとりでいても幸せ。人といても幸せ。

結婚しても幸せだし独身でも幸せ。

子供がいても幸せだししなくても幸せ。

そう思えるようになれたら、孤独死はあり得ない。

 

そんなことを思いました。

そう考えるとお母さんってすごいよね。自殺ですら子供の教材になるんだもん。