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生活保護に関する授業をうけてみて

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今私は専門学校で、低所得者への支援について、国が法律に基づいて行なっていること、私的団体が取り組んでることなどをざっくり学んでいます。

 

先日中間試験があった際に、作文を書かされたのですがそれが「授業を受けて感じたこと」というテーマでした。

 

これを読んだ先生が、「大変だったんだね、すごく頑張ったんだね」と言ってくれました。「作文がよくかけていたね」と言われるより嬉しかったので、転載しようと思います。

 

「私の母は12年前に自殺しています。61歳でした。

自殺の直接的な原因は、がんにかかったことにより胃の全摘出をしたことで食事が苦痛になり、うつ状態になったことでしたが、亡くなるまでの10年間の母の生活を振り返ると、母子家庭の世帯主として低所得の中困窮していたことを大きな苦しみとして彼女は捉えていて、生活の不安の中で大病を得たことで人生に絶望したようでした。

2000年、就職氷河期でしたが運良く就職した私は、少額ですが母に仕送りをしておりました。

「お母さん、もうすぐ年金がもらえるから、そうしたらラクになるね」と母と話していたのですが、ある日勤務中に母が電話してきて取ると泣いていました。「離婚する前にかけていた年金、お母さんはもらえないんだって。だから支給されるのが2万円ぐらいだって。これじゃあ暮らせないよ(2000年頃の話です)」。と小さい子供みたいにわーっと泣いていて、何かなぐさめようと考えてこう言いました。

「お母さん、大丈夫だよ。私も稼ぐけど、足りなかったら生活保護だってあるんだから」。

すると母は「娘にまさかそんなことを言われるなんて! 生活保護なんて負け犬の税金泥棒がもらうものよ!」と泣きながら怒っていました。

 今回授業を受けて見て強く感じたのは、他人への偏見は実は自分自身にも強く向けられていて、自分の生きやすさを狭くするということです。生活保護に対する偏見は母が突然持ったものではなく、多分社会の風潮や、周囲の人からの影響を受けてのことだと思いますが、それでも母が、生活保護を受けるのは負け犬でもなんでもなく、社会資源を正当に利用しているだけなのだと捉え直すことができたならば、人生の選択肢に幅が生まれて、貧困に苦しめられることも少しはなくなったのではないかと思うのです。

 私は幸福を追求する権利をもっと大事にしたいですし、その中で困ったら授業で学んだ知識を活用していきたいです。また、周囲の人にもそのように伝えていきたいと思いました。」