自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

社畜コスプレはそのうち脱げなくなるんですよ。


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ブログにこんな感想がついているのを見ました。

「金が廻ってこようもないADHDのポンコツで実家もど貧乏な自分には自分の地図なんて手の届くものではないんだな、とまず何より先に思ってしまった自分に吐き気」

 

これは、私が無職だけど20万4千円の部屋を借りる事にした、というブログエントリー

http://www.okimhome.com/entry/2017/09/10/174309

の感想です。

 

この方がこれを読んでいるかもしれないので、書きたいと思います。

・まず私はADHDを「ポンコツ」だと思っていません。ADHDの診断をもらっていても、自分なりの人生の楽しみを見つけてまた経済的に豊かに暮らしている方はたくさんいらっしゃると思います。なのでADHDだから、「金が回ってこようもない」と断じるのは早計だと思います。

 

・実家もど貧乏であっても、自分でお金を稼ぐことはできます。私の場合は、頼りようがないのではなく、自分の考えの狭さから、「絶対親には頼りたくない」と頑なになった結果実家に頼らないで今まで来たので、逆に自分の可能性を広げるために親に頼ってみるという練習をしております。

 

なので、思い込みは自分を狭くするだけなのだと思います。それと同時に同じ属性を持っている他者を裁くことを自分に許す免罪符にもなります。

 

よく、「自分、ブラック企業の社畜なので」と他人に話してヘラヘラしている人がいますが、ブラック企業が嫌ならやめたらいいと思います。

「ブラック企業に勤務する社畜」であるということを公言することで、「自分はこの会社ひどいってわかってるけどあえているんですよ」というアピールをするのはなぜかというと、自分の本心(自分ははここにはふさわしくない)を押さえつけているというややこしい心理操作を自分でしているのだと思います。が、それは自分の中だけのことで、社畜とか自嘲してプライド守ってるのかもしれないけど、その社畜のコスプレって、ずっと着てると、いつのまにか脱げなくなるんですよ。

 自分のことを社畜とかいうひとは、「実際の自分はわかってるんだよ」的な感じで、ブラック環境に置かれている自分と本質的な自分との距離をとっているつもりの自己韜晦的自己規定だということなんだと自覚した上で、「大抵の他人は100%自己申告通り受け取る」っていうこともわかったほうがいいです。

なぜなら、そうして人は他者の役割期待を演じるようになるので本当に社畜になります。

 

突然社畜の話になって申し訳ありません。

何が言いたいかというと自嘲的なことであっても自己規定(もしくはコスプレ)の縛りってすごく強くて、いつの間にかその通りの自分になってしまうから危険ですよと言いたかったです。

 

なので、「ADHDでも実家がど貧乏でも、楽しく生きている自分」、と自分を規定し直すことが、楽しさへの第一歩なのではないかと私は考えています。