自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

今の私

本を出したのが確か6月ごろだったと思います。

原稿自体は、1月には完成していたので、

今年の1月の自分と、今の変わってない部分と変わった部分があるな、と思います。

 

 

本は「こうするといいですよ」という方法を読者に示したというよりは、自分が周りの友達や本などから得た「ごきげんになるスイッチ」を実際に入れてみたらこうなった、という体験談を書いたもので、前作の『境界の町で』と同じ、実録ものだと自分では思っております。

ただ、ジャンルは自分以外の人が決めるものなので、自己啓発と思っていただいても全然かまいません。

 

本を書いたからといって、あの当時のままの自分でいるわけではないですし、どんどん考え方って変わっていくとおもうし、変わっていいと思っています。

逆に、「7つのスイッチ」にしがみついて「布教」を始めてしまうほうが、思考が硬直化してしまっている証なんじゃないかなと思います。

 

今の私が、当時の私を振り返ってみて思うのは

「すごく頑張っていたな」

ということです。

 

精神疾患になり、薬をやめたところで気がついたのは、秒単位で自己否定をしてしまっている自分のネガティブすぎる考え方の「クセ」でした。

 

これを、無理やりプラスに持っていったのが『自分を好きになろう』を書いた当時の自分だったと思います。

ついてる、を口癖にしたり、

掃除をしたり、

筋トレをしたり。

そうやって、行動を変えることで心のクセを変えていく「力技」をしていたような気がします。

 

今の自分は、プラスに自分の気持ちを持っていけたし、時にはマイナスに戻りそうになった時でもすぐに考えのクセを修正することができるようになってきたので、

思い切って、プラスに向かうエンジンを切りました。

今まではエンジンを使ってプロペラを回して思いっきり力技で空に飛んでいっていたのですが、今は、グライダーでフワーって空を滑ってるみたいな感じです。

力をぬいて。

ただ景色を楽しんでいます。

ただの自分。自分自身でいることを楽しんでいます。

 

 

具体的にはあの頃から変わった点といえば、

・積極的に筋トレをしなくなった

ということがまずあげられると思います。

 

筋トレをしなくなった理由なのですが、

筋トレをするのは体力アップというつもりだったのですが、その根底に「自分は筋肉がない」という、「ない」を基本にした考え方をしていたことに気がついた、

ということと、

「しなかった日」に自己嫌悪になってしまう、ということが嫌になったのです。

 

「努力して続けないと戻ってしまう」ことは全部無理のあることなのでやめよう、そう決めました。

つまり、「楽しみ」にすることはできず、鍛錬してしまっていたのだと思います。鍛錬は自己嫌悪を生み出すので、今の私はそこから遠ざかろうと思いました。

 

そう決めることができた理由には、

 

「それをやらなくても、自分はもともといろんなものを持っている。だから持っているものに感謝しよう。ないものを努力で得ることをする前に、あるものに感謝してそれを活用しよう」と思ったからです。

 

掃除に関しても、これまでは常にホテルレベルにきれいにしておかないと「ダメな自分に戻ってしまう」という恐怖と自己嫌悪を感じてしまっていたのですが、

今は多少掃除ができなくて散らかっていても、

「自分にはいま、部屋を散らかしているけど、自分にがそれを選んでいる。掃除をすることと散らかすことを両方選ぶことができる。自分が選択したのだから、どちらも自分ににとっては最良の選択だ」

と思えるようになってから、部屋がちょうどいい感じに快適に保てています。

 

多分今の自分がやっていることは、

「自己嫌悪になるようなことをしない」ということをしているんだと思います。

 

それは人付き合いにも言えていて、

いろんな人の意見を聞こう、広く人と付き合おうと、かつては思っていましたが、

今は、気があう人とだけ付き合って、自分の考えや雰囲気をきっちり保っていこうっていう方向に切り替わっています。

異なる意見を持つ人の存在は知っていますし、その人たちはその人たちで生きていけば、世の中の役に立っていくと思います。でも、自分とは合わないので、付き合わないでいい。そんな風に思っています。タイプの違う人と無理に付き合って気分が悪くなって「やっぱり私は心が狭い」と自己嫌悪になるくらいなら、付き合いをすっぱり断とう、というようなことを考えるようになりました。

だって友達は他にもいるし。

そう、「持っているものを大事にしよう」ということをすごく考えられるようになったんだと思います。

 

ネガティブ感情も、選べるようになりました。

本を書いた当時は、ドロドロした部分を無理やりポジティブな言葉でフタをしているようなところがありましたが、

「ネガティブな感情を選んでも、自分は絶対にダメにならない。自分は大丈夫だ」と、自分を信頼できるようになったからなんだと思います。

心のドロドロに無理やりポジティブでフタすると、中のドロドロが腐るので、ある程度自分を好きになる実感が出て来たところで(←これ大事)、ネガテイブな感情を選ぶことができるようになるといいとおもいます。
最近の私はかつて苦しめられた人のことを心の中で死ねクソ野郎とかおもう自分を許しました。

そしてその際の実感なのだが、私が死ねクソ野郎と思うと、その人はそのぶん幸せになり成功するのであった。だから私は思いっきり心の中でその人を罵倒できる。

 

 

グライダーで脱力してただただ、滑空を楽しんでいると、ふとした時に、本当に生きているだけで幸せだな、って喜びがこみ上げてくる時があります。秋の始まりの冴え冴えした朝の空気に触れた時とかに、そんなことを感じて感激して涙ぐんだりもします。

 

そんなわけで方法論には検討を常に加えつつ、自分をごきげんにし続けている毎日です。

 

書籍は、韓国と台湾でも翻訳が決まり、翻訳版が売り出される頃に、台湾での講演をさせていただくことにもなりました。

今からとても楽しみです。