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組織が合理化しない理由

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まだ考えが煮詰まってないのでわかりにくいことを書きます。
でも、古い組織の中で、新しいことをやろうとしている人にちょっとヒントになるといいなと思います。

 

たとえば社内ドキュメントのクラウド管理とか。
まあ、このぐらいはどこの会社も導入してますかね。

勤怠管理の新しい合理的な方法の導入とか。
いまだにエクセルでやってたりとかもあったりするかもですね。

手書きの履歴書を廃止して、ウエブエントリーにするとか。
結構いまだに手書きが根強い会社も多いですよね。

 

まあ、その組織に所属したてでいきなりそのあたりの古くさいところを目の当たりにすると、

自分の所属する組織に対して「古さ」とか「不合理」を感じ始めるのかなと思います。

で、どうしても「新しく」したくなるし、「合理的に」したくなりますよね。それが人情かもしれない。ここを突破しないと、この組織にいることを通じて叶えたい自分の夢すら叶わないような気持ちになったりもして。

 


でも、いざ、新しいことをやろうと提案したりすると、「今までこうだから」とか、「そのやり方は心がこもってない」とか、謎理論を振りかざして阻止してくる古参社員の壁が厚すぎる……みたいなこともよく見る風景です。

 

で、こういうギャップってITリテラシーの高い/低い、また、コスト意識の高い/低い、そして、経営的視点の有無とか、ビジネスセンスの高い/低いとかが原因となって引き起こされてるんだととらえてたんですが、ああ、違うんだろうな、もっと違うところに原因があるんだろなって最近思いました。

 

たぶん、その組織の「不合理さ」とか「古さ」。実はそれこそ20年前は合理的で最新のシステムだったのかもしれないなって。そういうことを考えてみたらいろんなことが見えたんですよね。

 

記録メディアだけ見てても、この20年で、フロッピーディスク、MD、DAT、コンパクトフラッシュ、などなど、たくさんの規格が現れては消えました。で、PHSもなくなりますし。
震災の時、そういえばまだLINEってなかったな。。。。とか。
つまり、今の段階で最新のハードを使って最新の概念に基づいたシステムを利用して、組織を合理化したとしても、将来的にどうなってるかわからないわけですよ。
となると、20年前も、その時点で合理的で最新の考え方でその組織を「合理化」した誰かがいたんじゃないかな。って想像するといろんなことがわかるなーって思うんですよね。

だってWindowsの開発に伴って、全世界的に業務にパソコン導入したのが20年前くらいからだから絶対ここで組織運営が変わってるはずなんですよ。ここで合理化が行われてなければ今だにパソコンを使わない組織運営が行われてると思います。

つまり、仕組みを新しくする意味も意義もわかってると思うんですよ。自分より古くからその組織にいる人たちは。
だって、自分たちもこんなふうに昔合理化したことがあるだろうから。
で、その結果、合理化の意味ってあんまりないなって感じてるのかもしれない。
もしかしたら、そんなに合理化に成功しなかったのかもしれない。
そんな風に、過去自分たちが行なった「合理化」についていろんな感想を持ってるはずなんですよね。

 

で、そういう人たちって、新しい人(つまりあなた)にあっさり今までの仕事の仕方を否定されることが感情的につらいんじゃないですかね。
今までやってきたことを不合理だとバッサリ切り捨てられると、自分の業績や存在否定されたように感じるのかもなと。
だから、古参社員の壁って、おそらく合理的説明では突破できないんだと思うんですよね。なぜかというとその壁は論理的な壁ではなく、感情的な壁だから。じゃあ、感情を溶かすにはどうしたらいいのか。
組織運営を合理化したほうがいいのは誰もがわかってる、でもそうならない。その時には「古い人たちの頭の固さ」とステロタイプのレッテル張りをするのではなく、「彼らはなぜ感情の壁を作ってしまったのか」ということを想像することに、突破口があるんじゃないかなって思います。

 

追加

このブログのエントリーした後にツイッターにこんなことを書きました 

 

で新規システムを導入する際に組織の中で起こるのが新しさに慣れるまでの軋轢なわけでその障壁について、納得している人としぶしぶな人では感じるストレスは違うと思う。その組織の古さに慣れる障壁は自分ひとりで済むかもしれないからね。つまり合理化とは障壁を越えてもらうということ

 

そしたら ‪‪@lookarts ‬さんがすごくいいツイートを連投してたので紹介します。以下引用です

 

する側は自分のやりたい方向に向かうことでストレスが無くなるのに対し、される側は自分が否定されるような、侵食されるような感覚、他人のルールに先導されるストレス、慣れるまでのストレスなどから心理的障壁が高くなる。改革した側に感情的なしこりを蓄積していく人もいる。

 

合理化したい人と、現状維持派または自分先導なら別だが他人のルールに乗ることに心理的障壁を感じる派との暗くて深い溝。合理化を特定の人が推し進めれば進める程、その人への感情的なしこりが恨みの様に重なるのかも。しかも合理化という正しさの前に、声高に反対を主張出来ないモヤモヤも付随して。

 

あと、合理化を進めるだけ進めたら、ならしすぎた平坦な道になり目的業務を遂行するだけとなり、改善すべき課題が消失して、結果として本人がその組織に飽きてしまうというという現象が起きたり。それでその組織に飽きて離れると、相手から見ると引っ掻き回していなくなる人、といった印象となる。

 

という、改善し過ぎて課題が無くなり飽きた経験と、さくさく合理化を進めて感情的な抵抗にあってびっくりした経験から感じたこと。