自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

話して放して自分に出会う

辛い経験をした人に、かける言葉が見つからない。それは苦しみで、私はその人の役に立たないのかもしれないなんて、そう考えてしまうけど、かける言葉はなくてよいのだった

私がかける言葉などは必要ない。話を聞ければよい。その人の隣に座ることが許されるなら

 

そうか。言葉にならないものを言葉にするのはその人自身にしかできないことだから。

言葉にできた時にまたひとつ自分自身に近づくんだと思う。それは辛い出来事を手放すことができつつあるということだから

そんな時には、聞き手が必要だ

でも聞き手は特定の一人ではなく、何人いてもいい。聞いてくれる人にしがみつきたかったらつけばいいし、突き放されたら他を当たればいい

自分にとって安全な話す場所があればいいだけだった

 

話すとは思いを放すことだが、言葉は嘘つきなのでとめどないおしゃべりの中に真実はなかったりもする

 

言葉言葉言葉!だ。それは嘘嘘嘘なんだな。
三田佳子はWの悲劇の中で「女優女優女優!」って言ってた

 

でも心の中を掘り返して話して放して行かないと自分の嘘に気がつかない。自分は不幸な被害者だったというのがまず嘘。信じられないかもしれないけどそんな人はどこにもいない

 

私もそうやって私に出会った気がする

話して放していろんな苦しみを言葉に変えて、言いたいことがもうほとんどなにもない。怒りも悩みももうなくなって、これからどうやって生きていったらいいのかなと思った時、怒りや悩みや病気を自分の杖にもしていたのだと気がついた。あれだけイヤなものだったのに、杖だったのか自分の! と驚いた。

がらんどうみたいな気分になった時に私は自分に出会った。何も言いたいことがなくなって私はようやく私に気がついて、あ、助けなきゃって思った。

出会った私はもう何年も何かに苦しんでいて、助けが来るのをじーっと待っていた。

でも過去の私は未来の私が助けに来た時にすぐ信用することはできないかった。私じゃダメ? って聞かれてもわからない。いなくならない保証がないからね。
そうか!

 

私から目をそらす時に嘘って生まれるのかぁ

今日はいろんなことがよくわかったなぁ