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お金を払って参加するボランティアがあってもいいと思う。

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オリンピックのボランティアを国がたくさん募集していることに対して批判が集まっている。企業や学校にも休みを推奨してボラをやれということを言っているそうだ。

現時点で中小企業の事業承継に携わっている私は、これで本当に従業員さんがみんな休むと超困るな、と思う一方で、でも、もしそうなったらそうなったで、面白いことになるなとも思う。そんな事態になっても企業を回していくには知恵を使うからそれ自体は私は悪いことだとは思わない。
あと、自分の子供(国が想定しているボランティア要員は中学~大学生ぐらい?)に対して、「オリンピックのボランティアに参加するのはお父さんは賛成だからお前も行ってきなさい。費用は出してあげるから」とかいう親のほうが、子供の思い出作りや将来性のために寄与してくれると思う。

「毎日毎日同じ変化のない学校生活を送る」というのもとても価値のあるものだが、人は変化のない日常に突如訪れる特異な体験を生涯覚えているものだ。それが人によっては大病や事故、外国人との出会い、留学や旅行だったりする。そこで見たものや出会った人をきっかけにして何かに興味を持つことになったりもするし、それを通じて仕事や将来の方向性を決めるきっかけにもなりうる。
「なんでただ働きさせられなきゃならないんだ」というのは、親のサラリーマン経験がそういう思考を産むんだと思う。つまり労働=対価、という。労働=0では絶対働かないぞ、という。
そうではなく、ボランティア=経験=財産という風にとらえなおすことは、全く差支えのないことだろうと思う。
で、ボランティアを企画している人たちもこういう労働=対価という発想から抜けられないから、批判に対して有効な対処が取れていないのではないだろうか?

私は、むしろ参加費を支払う形のボランティアを募集すればいいのではないかと思う。
お金を払って参加権を得るタイプのボランティアだ。
そんなものがあるのかどうかはよく知らない。
だが、最近ネット上で華やかな「オンラインサロン」はこういう形の参加費支払ってサロン運営のために喜んで働いている人がたくさんいるし、あってもいいんじゃないかと思う。
オンラインサロンに金払って入会して、会のために働くのは全く悪いことではなく、むしろ経験を得る機会になるから私はいいことだと思う。
イベントを企画したり、人をまとめたり、やろうと思ってもその機会が得られない人は実はたくさんいると思う。そういう時にオンラインサロンに入ってそういう役割をやってみる、それが自分のスキルになっていくと思うから。

そんなわけでお金を払って参加するタイプのボランティアを集める企画を考えてみた。
例えば東京オリンピックボランティア参加費を一日5000円に設定する。
そのことで得られるものは

・東京オリンピックのボランティア業務ができる。
・ボランティア専用エリアでのイベントに参加できる(未来を考える企業にブース出展してもらいパネルディスカッションを聞く、社会起業家やオリンピアンによるセミナーや、最新の福祉介護ロボットなどの体験、フードコートやインスタ映えする場所を提供して、ボランティア参加をしたことの思い出を記録してもらう。企業がブース出展をする形をとる。ボランティアにも代表チームが何かのイベントを企画してもらう)
・ボランティア専用SNSに参加できる。
・ボランティア記念のグッズをプレゼントする。

というものだ。
「無遅刻無欠席」を誇りにしている子供にもボランティアの経験ができるように、ボランティアは出席扱いにすれば問題ないと思う。
お金を払ってでも経験したい。本来、人間はそういう本能みたいなものを持っている。だから旅行に行くし、話題のレストランにも行く。オリンピックのボランティアも、対価に見合う経験を提供することができるのならば、そのようにとらえなおすことも不可能ではないと思う。
「じゃあ役人とかが金払ってオリンピックやればいいじゃん」みたいなことを言う人が必ず出てくると思うのだが、彼らはまず仕組みを作ったり、オリンピックを持ってきたりすることそのものを事業として行ったのだから、そういう批判は当たらないのだと思う。

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