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「あと10歳若かったら」と苦しんでいる夜のこと

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私は今年41歳ですが、人生迷走(冒険ともいう)を始めたのは39歳の終わりごろからなんですよね。

それまでは、割と破天荒に過ごしているようでいて、きっちり枠組みの中で生きていたなって。

慶應大学とか出て、出版社の大手の新潮社とかに勤めてましたからね。

で、やめるってなったときにも、とにかくなにか「枠組み」が欲しかった。

そこまではっきり認識してはいなかったのですが、多分それが一番大きかったんじゃないかな。

精神保健福祉士の養成校に入り、そして国家試験を受けるための勉強を始めました。

今年の初めに、精神保健福祉士の試験に合格して登録。。。

で、「よし、この資格を使ってできる仕事で起業しよう」、それと同時に中小企業を経営する父の会社を手伝おう、、、と。

自治体との交渉事とか、親の仕事に慣れるとか、経営側の目線が全くなかったので会社法を勉強したり、就業規則を作ったり、その延長上で社労士試験を受けようかと思ってそのための勉強をしたり、親の会社の仕事に必要なので自動車学校に通ったり・・・と、かなり多忙に過ごしておりました。

私生活の面では、父と毎日一緒にいることでかなり落ち着き、男性がいてくれないとダメみたいな男性依存の気配がかなりなくなっていきました。それを自覚したときに、「恋愛断捨離をしよう」と決断しました。

(ところがこの後偶然再会した男性に魅力を感じてまた恋愛をしようかなと揺らぐ時期が来るのですが)

 

で、今、2018年の12月。

激動の一年を過ごしてみて、手元に残ったものは・・・

なにもない。

 

えっw

 

いや、これほんとに。

今私には何もないんです。

 

まず会社設立を断念しました。自治体の理解を得られなかったことが原因でもあるのですが、父が「お前の会社が黒字で回るために俺の会社の関連事業をやれ」みたいなことを言い出しましてw

さすが創業社長。この辺では確かに頭3つ分ぐらい抜けた規模の会社に育てた自負があるのはわかるんですが、、、いやしかしそれ、全然やりたくないんだけど。

しかし、父の意向を振り切ることができず、本来の計画にない事業をやることになってしまい、そのために自己資金を1000万ぐらい突っ込まないとならなくなったというのが「なんか違う」って思ったんですよね。

 

次に父の会社を退職しました。自分で作った就業規則を利用して退職した第一号が自分、ということに。ここはかなり生っぽい話が絡んでくるので省略します。ただ、いえるのは「合わない」ってことなんですよね。

 

自動車学校、社労士の資格も全部途中でやめました。恋愛もうまくいかずドロップアウト。ただしセックスとおしゃれが好きってことがその人との出会いを通じてわかりましたので、ここは伸ばしていこうかなと。

やりたくないのにやってる。って思ってしまったことは、それ以上進めなかった。

 

結局今やってることって、

・noteで日記を書く

・たまにブログを書く

・投資(主にFXですが、株式と、、、あと花輪和一先生の作品にかなり影響され、昨日から金の投資をしたいと思ってます)

・英語

・週2程度の運動

これだけなんですよね。

一年を通して手元に残ったのが、これだけ。

 

ただ、なんかこれで生きていける感じになってきたんですよね。

いや、ほんとにびっくりしてます。

日記ってホントにただの日記です。何か皆さんの役に立つことは一切書いてません。

ただ、日々起こることを通じて自分を深く掘っていくことを自分に課しています。自分は真剣に書いていますが、読者の利益にはなってないと思う。

 

しかも。

とりわけ我ながら驚嘆したのは、先日友達と話していて、気が付いたのですが、noteの日記の定期読者の皆さんにお支払いいただいている月額500円というお金。
この金額が、現在の家賃と、水道代、光熱費、通信費の合計と同額ぐらいになってきました。
これはもう、日記を書いて生活しているという、勝谷誠彦さんしか多分いなかった日記作家としての立場を確立できるのではないかという気がしてきた。

 

これだけ一貫性のない生活を一年送ってきて、一つだけ言えるのは、結局何も抵抗しないで来たっていうことかなあと。

抵抗っていうのは心が違うって言ったらそれに従ってきたということです。

その時、世間の目線をぶっちぎったり、過去が培ってきた自分自身を裏切るような気持になったり、毎回痛かった。でも、結局カヌーで川をさかのぼるような真似はやめて、オールを川に捨て、流されていった。
そして、2018年12月には流れ流れて日記で食べる人に私はなっていた。。。
まさかの展開に驚いています。皆さんに食べさせてもらっているのですよね。

 

で、これに気が付いたときに私は

「あと10歳若かったらなあ・・・」って思ったんですよね。

これは、今まで思ったことがないことだったんです。

年を取ったから、「あと10歳若かったら」って思うのではないのではないかと、思うんです。

じゃあ何かといったら、変化した自分が「前よりいいじゃん」って思えたとき「もっと前からこの生活をしておけば、かなり違ったのではないか」って言う気分になるんじゃないかなと思います。

 

思えば。

じゃあ、あと10歳若かったらどうしていたか。もしくは10年前に今の生活をすることを決断していたら、どうしていたか。

これを考えてみたんです。

 

・離婚していた←やっぱり性的に充実した生活を送りたかった。

・仕事をやめていた←評価を組織から個人に付け替える作業をもっと早くやりたかった

この二つですね。

結局ここをずるずる優柔不断にして、39歳(離婚は37歳ですが)まで来てしまったんだなって思います。

 

人が設定した枠では生きていけなかった。

だから自分自身になるしかなかった。

自分自身になったら、なんか生活できるめどが立ってきた。

だったらもっと早くこの生活に飛び込んでおけばよかった・・・っていう後悔と苦しみを今すごく感じています。

 

だとしたら「もっと若かったら」って思って苦しむことは、悪いことじゃないのかもって思いました。

だって、変化を選べずに熟考していた時期には、そんなことすら考えることができなかったから。

いろんな感情を、きれいな標本箱に入れ続ける。

死ぬまでそんなことを続けられたらいいなって思います。

 

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