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レイプされたことがあった

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「バカだなこいつ」

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「女の子解放活動家」をやっているおーえるさんというお友達がいるのです。

彼女のTwitterの書き込みを見てて突如思い出したことがあるのでそれについて今日は書こうと思います。

 おおっ。そういえば、、、、

というわけで私は彼女にこんなDMを送りました。

「昔、〇〇〇〇(DMでは実名、著名なカメラマンです)ってやつに、写真撮ってあげるからって事務所に呼ばれて、レイプされたことがあったなあ、そういえば。もう15年ぐらい前の話。大麻吸ってたそいつ」

それを読んだ彼女はものすごく怒ってくれて、「どうしたらそいつを失脚させられるんだろう」とまで言ってくれたのですが、私は実はこのレイプがあんまり傷になってないんですよ。

「なんか、こいつバカだなとしか思わなかったんだよね。私からの信用を失う行動をしたわけでしょう。私って、すごく面白いしアーティストの人にとって刺激になるような存在だって自分で信じてるんだけどさ・・・。その人は私の面白さを味わうことがこれでできなくなったわけで、浅はかな目の前の性欲に負けて、本質的な人とのかかわりができないバカなやつだとしか思わなかったんだよね」

と。

後日「お前のいる会社の偉い人たくさん知ってる」みたいな姑息な口封じのメッセージがmixi経由で来たのですが、それも返信せず、それ以降その人には一切かかわってません。

 

なんでこれをブログで書こうと思ったのかと言うと、レイプが傷になる場合もあるしならない場合もあるけど、傷になる場合についての「考え方」はたくさん流通しているけれど、別の考え方もあるということを書くことが、もしかしたら、レイプをされただれかの心を軽くするかもしれないと考えたからです。

どう考えてもいいと思うし、すべてを被害にする必要もないのかもしれないなって思うんですよね。

ただ、念のため付記しますが、私はかつて映画ライターの方にストーカー被害を受けていた時は警察に相談していましたし、今後レイプの被害にあうことがないとは限らないと思います。その際、伊藤詩織さんの後に続いて戦うことを選ぶのか、かつての自分みたいに「こいつバカだな」で済ませるのか、決める自由は私にある、ということです。

この私はかけがえのない私。

私自身は、私をどういう風にとらえてもよく、それは世間の価値観と一致しないとしてもかまわない、そう思うことができたら少し楽になれるような気がしています。