「どこ出身なんですか、岡さんは?」
「え、私ですか? 私は埼玉……、三郷です」
「ミサト?」
「あーえっと、常磐自動車道の三郷インターのある、三郷です」
「ああ、三郷。うん、三郷ね」
「はい、団地があるんですよ、すごい規模のでかいところで。当時は東洋一とかいう触れ込みで。そこで育ったんですけど」
「へー。この前ね、ケンミンショーっていう番組で、埼玉と千葉と……なんか、東京の周りの県が競ってるようなそんな番組をやっていたね、フフ」
「ああ。まあ、埼玉って700万人いるんですよ」
「へえ」
「でもまあ、秩父はまあまだ、歴史あるけど、私の育った東部って、千葉と東京に接している県境なんですけど、そこは何もないところですよ」
「なんにもない。なんにもないって言うよね、みんなさぁ。でも、ほんとになんにもないのかよって思うよ」
「いや…、私も楢葉町調べてた時、楢葉のひとが、この町には何もねえって言うけど、実際調べてみたら、木戸には炭鉱があったし、竜田には移民がたくさん来たりしていたし、歴史はあると思いましたよ。天神岬には東日本最大級の土器棺墓群があったり。だから、三郷のことも、なんにもないわけじゃなくて自分がこれまで興味を持ってなかっただけじゃないかって思って、調べたけど、ほんと、なんもないです」
「でもさあ、突き抜けて考えてみるとさ。私もさっき南北朝がどうのとかいろいろ言ったけどそれも微細な歴史って言ったらそうじゃない。もっともっと遡って地球開闢の頃まで遡るとさあ」
「え。ずいぶん遡りますね」
「まあ、56億年だよね」
「56億年前に地球ができて、で、福島とのかかわりですか?」
「そうそう」
「あはは、そんなのあるんですか」
「あるよ」
「えー」
「あのねえ、おじいさんと愛犬コロっていうのがいてね」
「おじいさんと愛犬コロですか?」
「うん。おじいさんは天体観測が趣味だったのね。コロが毎晩、天体観測のお供をしてたわけ。毎晩毎晩、コロがおじいさんに、そろそろ時間ですよ、僕のことを天体観測のお供に連れていって下さいって言いに来るわけだ」
「まあ散歩…ですよね」
「そう。で、ある日、すごく曇ってたから、今日は星なんか見えないんだよ、っておじいさんはコロに言ったわけ。でもコロは犬だからそういうのわからないからね。諦めないのよ」
「はあ」
「そしたら、おじいさんが、仕方ない、じゃあ、ちょっとだけ行こうかっていって、コロをつれて外に出たわけだ」
「やさしいおじいさんですねえ」
「でしょ? でね、コロをつれて観測に出かけたら、曇り空の中一点、ポッカリと雲がないところがあったんだね。そこに天体望遠鏡を向けてみたら」
「向けてみたら」
「そしたら見たことのない星があるわけ」
「おお」
「すぐに電報を国立天文台に打ったのよ、おじいさんが」
「電話がなかった時代ですか?」
「いや、電話はあったの。電報は、見つけたっていう証拠が残るようにね。そのおじいさんと、アフリカのね、ダーバンっていう都市に同時に同じ星を見つけた人がいて、それで、その彗星は羽根田・カンポス・彗星って言う名前になったんですよ」
「へーーー!!!すごい。で、カンポスさんと羽根田さんは会ったんですか?」
「会ってないけど、肉声は交わしたんですよ。彗星が見つかったのは78年だったんだけどね。91年に僕がダーバンに行って」
「え? ダーバンに行かれたんですか?」
「そうそう。羽根田のじいさんが、もうすぐ寿命で死にそうだなって思って、私がねフフフ行ったの。カンポスさんに会いに。それで、紙にねローマ字で HANEDA SAN OTANJOBI OMEDETO とか書いてね、これこのまま読むと日本語になるから、読んでくれって言って、カンポスさんに読ませてね、録音したんですよ」
「へえ!」
「ビザ取るのに4ケ月もかかったからね」
「このためにビザ取ったんですね? あはは(なぜか爆笑)」
「そう。ビザが下りる前に羽根田のじいさん死んじゃうんじゃないかって。だいぶ具合悪いかんじだったからね。だから私毎晩お祈りしましたね、死にませんようにって」
「あはは。うん、で、録音は羽根田さんに聞いてもらったんですか?」
「そう。聞いてもらった」
「どうでした?」
「喜んでたね。それで、その4ヶ月後ぐらいに死んだね」
「へぇ……」
コロも、羽根田さんも地球からいなくなって、私はこういう話を聞いた。
羽根田・カンポス彗星が観測されたのは1978年9月1日の1度きりのことだったそうだ。
信夫山から見た福島市はとても美しかった。
http://orange-cat-tamasama.o.oo7.jp/astro/haneda/haneda1.html
三郷と楢葉について書いたブログの記事です