自分を好きになろう

人生で味わったうれしさも悔しさもフル活用して、新しいことにチャレンジしよう

料理写真を撮るのをやめたら気持ちもSNSもシンプルになった

 

ミニマリスト6年目のあさみです。

 

生活をシンプルに保つには、

捨てるものの量>家に入れるものの量

この不等式を成り立たせていく必要があります。

 

そしてこれは物理的なもの……洋服や食器、家具などに限らず

デジタルデータに関しても同様のことが言えます。

 

私は昨年、デジタルデータの大規模な断捨離を行いました。

その結果、気が付いたことがあります。

 

断捨離中、「食べ物の写真データ」は99%捨てることになりました。

例外的にフォルダに残した1パーセントの料理写真は

旅行の時に撮影した食べ物の写真だけでした。

私は中国の辺境を訪ねるのが趣味のため、

そういう場所の料理を味わうのはおそらく一生に一度ぐらい。

そういう写真は残そうと思いました。

 

思えば、食べ物の写真を改めて見返す機会は

本当に少ないですし、なぜこんなに料理写真があるのか考えてみると、

3つの理由に思い当りました。

 

 

①つられ撮り。周りの人が撮影しているからつられて取っている。

②SNSアップ用。インスタやTwitterにあげるために撮る。

③クセになっている。食べる前のルーティンになっている。

 

今回私は、料理の写真を撮ること自体をやめてみました。

やめてみて気が付きましたが、

料理の写真を撮らなくても全く困らないことがわかりました。

上記の3つの理由から何となく惰性で撮っていただけで、

本当に必要だったわけではないのだなということに気が付きました。

 

料理写真を撮らないで食事をしていると、

なぜか目の前にいる人をもっと大切にできているような気がします。

そして、SNSにアップする手間も時間も省けるので、

気持ちもシンプルになりますし、SNSの投稿もシンプルになります。

 

あとから消すぐらいだったら初めから撮らないでよかったのです。

 

しないこと>すること

料理の写真を撮らないでおくこと>料理の写真を撮って、断捨離すること

 

こういう不等式が成り立っています。

今のところとても気に入っています。

 

みなさんも良かったら参考にしてみてくださいね。♠

 

私に占ってほしい!という方はコチラからお申込みください。

ws.formzu.net

 

<お知らせ> THE LETTERにご登録いただくと、ブログの更新情報とよりよく生きるための名言をメールボックスにお届けします。よろしければ良い習慣を身に着けるための何かのきっかけに使ってください。THE LETTERだけの限定記事も計画中です。

asamisan.theletter.jp