アラフォーからはじめる!

人生で味わったうれしさも悔しさもフル活用して、新しいことにチャレンジしよう

がんになった母の介護がきっかけで離婚した私。そして訪れた転機

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アラフォーからはじめる! では、アラフォーからの新たな挑戦をしている女性たちの体験談をご紹介しています。

今日は、お母様の死をきっかけに介護のお仕事の道に入られたやまももさんから体験談をいただいています。人生で初めて「自分はいかに生きていくのが幸せか」に向き合った日々だったそうです。

ぜひお読みくださいね!

 

 

母の介護をきっかけに離婚をし、天職を見つけた話

父が他界しひとり暮らしになってしまった母。

ずっと専業主婦だったしあまり人付き合いが得意ではなかった母が一人で暮らしていけるのだろうかと心配している私に「お母さんもいっしょに住もうよ」と言ってくれたのは旦那でした。

母のがんが見つかったのは同居のペースにすっかり慣れてきた3年目のことで、手術をする前に癌細胞を小さくする為に抗がん剤治療をする事になりました。

私が40歳になったばかりでした。家計の足しにパートをしていたぐらいで、のんびり暮らしていた私には突然始まった看病生活は相当ハードでした。

通院して抗がん剤治療をする母。帰宅してからもずーーっと副作用が続き、想像を絶する辛さです。

そうこうしているうちに、母が病気になってから夫婦仲も悪化していきました。

今までの仕事が終わるとすぐ家に帰ってきていたマイホーム大好きな旦那が飲み歩くようになりました。

抗がん剤治療で辛そうにしている母を見るのが辛かったようです。

私も母が苦しむ姿を見るのが精神的にきつかったですし、旦那が逃げたことにも怒りを感じてしまっており、そのうち口を利くのも嫌になってきました。修復しようとする余裕もありませんでした。

抗がん剤治療を終え、手術をしてからも、しばらくは再び抗がん剤が続くそうなのです。

今後のことを考えると、私一人でお世話するのも限界にきていました。

そんな状況をみて、病院の先生が医療付き介護施設を紹介してくれました。

母を介護施設の見学に連れて行った日が、私が介護と言う職に出会った最初の日でした。

初めは、嫌がっていた母も介護士の方達に心を開いていきました。

最初はデイサービスで週2回行って慣れてきたら医療付き介護施設に入所する事になりました。人見知りの母は、中々入所している方達と打ち解けることが出来なくてデイサービスに行く日には、行きたくない!と子供のように嫌がっていました。

無理やり行かせてみるものの、直ぐに帰ってきます。

抗がん剤治療もしているので体調が安定していない母が、ある時デイサービスに行きたくないと泣いてしまいました。

そんな母を見て、体調も悪いうえに苦手な場所に行かせることはもうできないと思いました。

やっぱり自分が母を世話するしかないと思い、介護の勉強を少しずつするようになりました。

デイサービスの職員さんに勧めてもらった介護の本やYouTubeで真剣に学習しました。

まずは、歩く事から始めました。

ベットから起きるのを嫌がる母を無理やり起こして少しでもいいから足を動かす運動をしました。足の次は手を動かす運動です。グーパー、グーパーとするだけでも脳が活性化されていきます。ゆっくりゆっくり動かしていきます。毎日それの繰り返しです。

次にトイレのトレーニングもしました。絶対にオムツはしたくない!と言うので2時間おきにトイレに連れていきます。2時間おきに体が不自由な母のトイレ介助は本当にきつかったですが、トイレまであるくだけでも良い運動になるので良いとおもいました。

このころの記憶はずっと自宅にいて、いつ母に呼ばれてもいいように待機しているときのことしか思い浮かばないです。外出は、ヘルパーさんが来てくれているちょっとの時間を見計らってダッシュでスーパーに行くくらい。ゆっくりカフェでお茶を飲んだ記憶もないです。


家で介護をしている内に旦那は家に帰ってこなくなり離婚する事になりました。

これで良かったと自分に言い聞かせ第2の人生を歩く決意をしました。
抗がん剤治療をしている最中、母の容態は悪化してしまい、入院する事になりました。完全看護なのでそばにいなくても大丈夫なのに先生の許可をもらい病院で寝泊まりする事にしました。

しばらくの間、母の容態は安定していました。

なのにお別れの時が突然やってきました。手術をすることなく母は、眠るようにして亡くなりました。

看病していたのは1年半ぐらいのことで、今から考えるとそう長い期間ではなかったのに、真っ最中の時は永遠に続くような気がしていました。

しばらくは何も出来なくて家で塞ぎ込んでいた私。

何をしたらいいんだろう・・・。バーンアウトしてたんだと思います。

あるとき、「もう離婚もして、仕事していかないと食べていけないんだ」という問題に向き合ってみました。自分は、どういうときに生き生きできていたか、何が向いているのか、やりたくないことは何なのかなどなど、たぶん人生で初めてこんなに真剣に考えたと思います。

その時に、自分は母の介護の勉強をしているときは真剣にしていたし、楽しかったということを思い出しました。「母の介護の経験を無駄にはしてはダメ!介護福祉士になろう!」と思いました。

40歳超えてから専門学校に入るのは勇気がいりましたが、学校に見学に行ったところ、職員さんが丁寧に案内をしてくれ、40歳過ぎている学生さんもたくさんいることがわかりました。さらにお金の面でもお得で、今はハローワークなどからの助成金などでかなり安く通うことができることもわかり、入学を決意。そして、猛勉強して資格を取得しました。

いまは、おかげさまで毎日楽しく働いています。

ケアマネも目指したいという欲もあります。

介護の仕事はきついことも多いですが、私には向いていると思います。母が結構思い込みが激しいタイプで、気難しい人だったので、気難しいお年寄りと接するのが得意だったりもします。

天職だなーと感じることもあります。

今は、天職のきっかけをくれた母に感謝でいっぱいです!

 やまももさん、ありがとうございました!

天職を見つけるきっかけって色々なところにありますよね。

 

体験談、まだまだ募集しています!

私も書くよ! という方は

okaimhome あっと gmail.com

までご連絡くださいね!

 

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