自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

思ったより才能なかった

大それたことばっかり考えてきたけれど、

思いついても、

すぐ飽きる。

何か事業を立ち上げても、

すぐ人が嫌いになっちゃう。

だから、継続しない。

 

こんなことを繰り返してきた。

 

今、暇なのでじーっと自分について考えてた。

 

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 いま、思うのは私には何もない。

自分が思うほど才能もないし。

物を書くことに関して言えば、シーン(流行り)に合わせて自分の言いたいことをうまく加工することが苦手だと思う。

震災がなければ作家になろうと思わなかったし…。

 

それで、よくよく考えたときに、☝︎に貼り付けたラインみたいなことを思った。

 

私は温かい人間関係を望んでるけどそれが怖い。

そこは克服しようと。

それならば、今いる人を大事にしようと思いました。

新たな土地を切り開く前に、いま目の前の畑を耕そう。

それは家族だったり。

具体的にはお父さんとお姉ちゃんです。

お父さんとお姉ちゃんと上手くやるからには、お父さんとお姉ちゃんが持ってる人間関係すべてとうまくやりたい。

人とうまくやる、って、いまの自分の理解では、ネガティブな面や嫌いだなとか嫌だなとか思うような側面も含めて受け入れる、という意味です。

それを起点にして、生活や仕事を耕して積み上げていくことってできるんじゃないか。それが私の財産になるのかもしれないと。

 

思ったのは、私は記者の時他人の人生を死ぬほど聞いてきたけど、家族の突っ込んだ話ってずっと聞かなかった。そしたらお母さんが飛び降り自殺で死んだ。だから、いろいろ知りたいことがわからなくなってしまった。

 

今福祉のお勉強をしている。福祉とは人が幸せに生きるためのお勉強。社会資源に対する知識も必要だけど、人との接し方とか感情の扱い方なんかも学ぶ。

この学問の成果を、遠くの顔の見えない人に使う前に、お父さんとかお姉ちゃんとか、身近な人と上手くやることに使ってみたい。

 

もう、作家だからとかいう理由で無理やり上手いこと言わなくてもいいし、それは他の才能ある人が代わりにやってくれるから。書けるときに書きたくなったら書く。それでも読んでくれる人はありがとうです。

 

私は、平凡なおばさんになることが、いま全く怖くない。

着ていたスカートが入らなくなるのは困るけどね。。。

これからはもう少し、適当な日記を書いていこうかなと思います。

 

愛の使途がわからなかったけど、私はいま家族にそれを使いたいと思った。

ここまで長かったですけど、今はいまの幸せがあるかもなって思うよ

 

ほんとは友達がほしい。

私は人とは違うんだって思ってそう振る舞うことで、孤立することを回避していた。孤立する前に自分が他人を拒絶していた。孤立を恐れすぎていたから。私かわいそうだね。
人とは違う私。という私に接して傷ついたりした人もいたかもしれないけど、たぶん私が人に拒絶されるのを恐れたから先回りして他人を判断する側に立っていたね。色々ごめんね
絶対いなくならない青鬼くん探してたけど、初めからいなくなんかなってなかった。

怖い。

今してることはもう少し先の自分を作るもの。
なぜか今日は自分がみすぼらしく思えてしまう。何もしてない気持ちになってしまう。
昨日。原稿を書いていた。ひとりが楽しかった。これだよな。って思った。なぜそれをやろうとしないのだろう、頑なに何もしようとしない(ここのところの原稿書きたくなさすぎる感じに困ってきた)。
自分にへばりついてるもの、習慣や執着から自由になりたい。そのためにずーっと苦しんできたけど、苦しみと友達になりすぎて、いざ失うことができる時にきて、失うことが怖い。
それで思ったんだけど、苦しいって楽しいんだ。楽しいから手放さなくてとどまりたいんだ。
でもとどまってると、時間も止めてしまって、まわりが動いてるから自分がダメに思えて自分を責めてしまう。
時間より早くたくさん自分を動かす必要はないけど、でも年齢相応の変化をして行くことは自分のために重要なことで。
そうしたら苦しみたい私は今の苦しみを陳腐化して、新たな苦しみを作り出せば良いのか。
じゃあ原稿に苦しんでみようかな。せっかく作家なんだし
書くことと愛することが怖い。怖いもんは怖いんだから仕方ないよ

願ってみる。

仕事で神社に行ったらスピリチュアル女子がたくさんいてなんか拝んでたと先日会ったおじさんが嘲笑していたのだが、それはつまりどういうことかというと、
おじさんの世界に、素直に何かを願う人々の群れが現れた。
しかしおじさんはその人たちを自分の仲間だとは思えなかった。むしろ、世知に長けた自分の方が上と見て、そういう素直な人たちを嘲笑した。
自分は素直に物事を願うような人間ではないと考えているんですよ、と嘲笑することで世間に自分を表明している。それだけでなく自分自身に強くアナウンスしている。
なぜ?
自分が何かを願うなんて「おこがましい」
どうせ「かなわない」
自分が夢を叶えるなんてことは「ありえない」
そんな気持ちが心の底にがっしりあるからなんだよね。
いや、願ってみるといいですよ、神様は聞いてくれると思います。

いろんな自分を旅してきたんだね

昼の夢で、神功皇后出て来た
ん。。。。と思ったら新しい家の氏神様だったよ

 

応神天皇の後ろに控えていた
くらい部屋の中なので顔の表情まではわからなかった
あっ、神功皇后ですか?
あなたは強くて優しくて立派な方です、憧れます
と言ったら、あなたも強く優しくになりなさい
と言われました
目が覚めてから新居側の八幡様に行きました

 

夢の中で眠りの沼に半分沈みそうになりながら神功皇后の言うことを必死で聞き取った。

「生まれて致命傷を受け、それゆえ人を恨み、妬み、批判し、歓心を買い、比較して来ました。それも旅なのですよ、今は受容というところにあなたはいますね。あなたは受容を知ろうとしています、そのあと使命や意欲などを知るかもしれません。土地をめぐるばかりでなく様々な感情を知ることも旅なのですよ」

 

って言ってるような気がしました。

そうかこれは旅だったのかと思うと、かつての自分を恥じる必要はないんだ。人を妬み批判し憎悪し嫌悪し、そして人と自分自身を許容できなかった、その感情を私は旅して来た。

 

もう知りたくないと思うか、そこにいくことが自分にはできないと思ったら旅はおわるんだな。

私はもう少し旅を続けてみたい。

 

 

死にたいって生きたいと同じなんだよね

今朝思っていたのですが
辛いこととか苦しいことを乗り越えないと得られない幸せっていうのがあると思って、それは、どこかから幸せを調達してくることではなく、自分って最初っから幸せだったんじゃん、って気がつくことなんですが、それって自分の中の光に気がつくことのような気がしています

今私は、ちょっと不思議な変化を経験しております。

事件取材記者として仕事をしていた20代の時から、察しがいいでは説明のつかない何かの直感力があることは自覚していて、遺族に話を聞いた時に、「(殺された親族のことを)本当によくわかってくれる」というようなことをよく言われていました。

で、それが最近ものすごく強くなってきて、死んでいる生きている問わず、人の意識がものすごく入ってきてしまっています。先週ぐらいまでは苦しいので大体1ヶ月くらいの間、学校に行く以外の時間はほぼ寝込んでいました。

「頭おかしくなるかもしれない」というどこか恐れも感じつつも、「それはそれでいいのかもしれない」とも思っていました。

今のイメージだと、人の意識って、駅前にたくさんいるティッシュ配りの人みたいなイメージです。
これまでは「ティッシュいりません!」と脇目も振らず駅まで直行していたのですが、今は、あ、ティッシュ受け取ってみようかな。っていう感じです。で、「いいティッシュだけ受け取ろう」というふうに、数日ほど前から考えるようになりました。

 

例えば今の私は、人の体の悪いところがエネルギーが溜まっているように見えて、思わずなんとかしてあげたくなります。それで、「放電」のイメージで自分を媒介にして地面に気を流すような感じのことをします、実際にすごく効くみたいです。触ると当然意識が流れてくるのでその人の問題や困り感がわかるので、それを話すことになります。
今、専門学校の実習で、障害者施設で自閉症の男の子と一緒に働いているのですが、彼はどこに行くにも子供みたいに手をつなぐのですが、彼の動物のような神様のような意識が伝わってくるとき、自分の方がすごく浄化される感じがしたので、他人のことも触るとわかるような気になったのかもしれません。

 

以前から察しの良さでは説明のつかない何かがわかるところがあったと書きましたが、これまでは自分の心のあり方の影響で人の負の部分ばかりがすごく見通せてしまい、かなり苦しんでいました。今考えているのは「腰が痛いとか、親の影響で調子を崩しているとか、そういうのがわかったとして、それを治してあげたとして、それが本質的なその人の幸せ感につながるのだろうか?」ということです。

 

人を幸せにするってこの段階の私にとってどういうことなのだろうということをとても考えています。

 
生きる意味って光度を増していくことなのかなって思うんですが、そう考えると私ができることって、苦しんでる人の心の中の光の存在を教えてあげることなのかもしれません

 

先日ものすごく意味がわかる感想をくれた人と今話をぽつぽつしてるんですけど死にたいって生きたいっていうこととほとんど変わらないので、それ自体悪くないですよね。っていったら彼が、死にたい人ってブラックコーヒーの中のガムシロップの甘さみたいに生きたいが絶対ある。っていってました。

彼の表現ではそうですけど私はそれは光にみえました

 

 

今の私

本を出したのが確か6月ごろだったと思います。

原稿自体は、1月には完成していたので、

今年の1月の自分と、今の変わってない部分と変わった部分があるな、と思います。

 

 

本は「こうするといいですよ」という方法を読者に示したというよりは、自分が周りの友達や本などから得た「ごきげんになるスイッチ」を実際に入れてみたらこうなった、という体験談を書いたもので、前作の『境界の町で』と同じ、実録ものだと自分では思っております。

ただ、ジャンルは自分以外の人が決めるものなので、自己啓発と思っていただいても全然かまいません。

 

本を書いたからといって、あの当時のままの自分でいるわけではないですし、どんどん考え方って変わっていくとおもうし、変わっていいと思っています。

逆に、「7つのスイッチ」にしがみついて「布教」を始めてしまうほうが、思考が硬直化してしまっている証なんじゃないかなと思います。

 

今の私が、当時の私を振り返ってみて思うのは

「すごく頑張っていたな」

ということです。

 

精神疾患になり、薬をやめたところで気がついたのは、秒単位で自己否定をしてしまっている自分のネガティブすぎる考え方の「クセ」でした。

 

これを、無理やりプラスに持っていったのが『自分を好きになろう』を書いた当時の自分だったと思います。

ついてる、を口癖にしたり、

掃除をしたり、

筋トレをしたり。

そうやって、行動を変えることで心のクセを変えていく「力技」をしていたような気がします。

 

今の自分は、プラスに自分の気持ちを持っていけたし、時にはマイナスに戻りそうになった時でもすぐに考えのクセを修正することができるようになってきたので、

思い切って、プラスに向かうエンジンを切りました。

今まではエンジンを使ってプロペラを回して思いっきり力技で空に飛んでいっていたのですが、今は、グライダーでフワーって空を滑ってるみたいな感じです。

力をぬいて。

ただ景色を楽しんでいます。

ただの自分。自分自身でいることを楽しんでいます。

 

 

具体的にはあの頃から変わった点といえば、

・積極的に筋トレをしなくなった

ということがまずあげられると思います。

 

筋トレをしなくなった理由なのですが、

筋トレをするのは体力アップというつもりだったのですが、その根底に「自分は筋肉がない」という、「ない」を基本にした考え方をしていたことに気がついた、

ということと、

「しなかった日」に自己嫌悪になってしまう、ということが嫌になったのです。

 

「努力して続けないと戻ってしまう」ことは全部無理のあることなのでやめよう、そう決めました。

つまり、「楽しみ」にすることはできず、鍛錬してしまっていたのだと思います。鍛錬は自己嫌悪を生み出すので、今の私はそこから遠ざかろうと思いました。

 

そう決めることができた理由には、

 

「それをやらなくても、自分はもともといろんなものを持っている。だから持っているものに感謝しよう。ないものを努力で得ることをする前に、あるものに感謝してそれを活用しよう」と思ったからです。

 

掃除に関しても、これまでは常にホテルレベルにきれいにしておかないと「ダメな自分に戻ってしまう」という恐怖と自己嫌悪を感じてしまっていたのですが、

今は多少掃除ができなくて散らかっていても、

「自分にはいま、部屋を散らかしているけど、自分にがそれを選んでいる。掃除をすることと散らかすことを両方選ぶことができる。自分が選択したのだから、どちらも自分ににとっては最良の選択だ」

と思えるようになってから、部屋がちょうどいい感じに快適に保てています。

 

多分今の自分がやっていることは、

「自己嫌悪になるようなことをしない」ということをしているんだと思います。

 

それは人付き合いにも言えていて、

いろんな人の意見を聞こう、広く人と付き合おうと、かつては思っていましたが、

今は、気があう人とだけ付き合って、自分の考えや雰囲気をきっちり保っていこうっていう方向に切り替わっています。

異なる意見を持つ人の存在は知っていますし、その人たちはその人たちで生きていけば、世の中の役に立っていくと思います。でも、自分とは合わないので、付き合わないでいい。そんな風に思っています。タイプの違う人と無理に付き合って気分が悪くなって「やっぱり私は心が狭い」と自己嫌悪になるくらいなら、付き合いをすっぱり断とう、というようなことを考えるようになりました。

だって友達は他にもいるし。

そう、「持っているものを大事にしよう」ということをすごく考えられるようになったんだと思います。

 

ネガティブ感情も、選べるようになりました。

本を書いた当時は、ドロドロした部分を無理やりポジティブな言葉でフタをしているようなところがありましたが、

「ネガティブな感情を選んでも、自分は絶対にダメにならない。自分は大丈夫だ」と、自分を信頼できるようになったからなんだと思います。

心のドロドロに無理やりポジティブでフタすると、中のドロドロが腐るので、ある程度自分を好きになる実感が出て来たところで(←これ大事)、ネガテイブな感情を選ぶことができるようになるといいとおもいます。
最近の私はかつて苦しめられた人のことを心の中で死ねクソ野郎とかおもう自分を許しました。

そしてその際の実感なのだが、私が死ねクソ野郎と思うと、その人はそのぶん幸せになり成功するのであった。だから私は思いっきり心の中でその人を罵倒できる。

 

 

グライダーで脱力してただただ、滑空を楽しんでいると、ふとした時に、本当に生きているだけで幸せだな、って喜びがこみ上げてくる時があります。秋の始まりの冴え冴えした朝の空気に触れた時とかに、そんなことを感じて感激して涙ぐんだりもします。

 

そんなわけで方法論には検討を常に加えつつ、自分をごきげんにし続けている毎日です。

 

書籍は、韓国と台湾でも翻訳が決まり、翻訳版が売り出される頃に、台湾での講演をさせていただくことにもなりました。

今からとても楽しみです。