自分の地図をつくろう

新しい場所に出かけて楽しい経験をしよう

noteに移りました。

これまで「自分の地図をつくろう」をご愛顧くださりありがとうございます。
2年ぐらい経ったのか、その間、登録してくださった読者さんが1000名を超えていました。
はてなブログからは本を出すこともできましたし、感謝しています。
今後、新しい記事はnoteにてアップする予定ですので、そちらもよろしくお願いします。

note.mu


こちらのブログは残しておく予定ですので、何か参考になりそうな記事があったらのぞいてみてください。
これまでも、これからも、ありがとうございます。

好きなことを仕事にしなければならない理由

よくホリエモンとかが言ってる「好きなことで食う」って話。

好きな事を仕事にしよう、というのは、
人生を充実させたいからとか、イキイキとキラキラ働きたいから、とかそういうことのために
言っているのではないんだと思います。
仕事で成果を出す一番大事な条件は、才能でも運でもなく、それを継続するということだからなんでしょうね。

私はいろいろ思いつくタイプの人なので、これまで本当にいろんなことをしてきて、
チョイ目立ちもしてきました。そういう意味では要領がよいんだと思うんですけどね。

・ガムテープ、ねじなどの「脇役」的な工作材料を用いた手芸を考えた→日本初のアイディアで本が出たりお金もらえました。美術館等でWS,販売もしたし、本の翻訳は台湾と韓国でも出ました。
・国会議員の電話帳機能をスマフォアプリに→日本初のアイディア。マネタイズできました。
・災害地の取材→日本の記者で一番最初に原発まで到着したと思う。で、3年ぐらいみっちりやりました。企業回りを自力でして取材費をもらえた。
・自己啓発本を読みまくった→読んだ結果人生が激変したので、自分の体験が本になりましたw 台湾で本の翻訳が出ました。

でもこれ全部今は熱が冷めちゃって継続してないんですよね。
ただ経験っていうのは心に残ってますけどね。
でも、やっぱ継続しないと大化けしないんですよ。
ガムテープだって、国会DBアプリだってずーっと触り続けてれば今頃人に手伝ってもらう必要が出てくるほど大化けしたかもしれないんだよ。
あと、よくあるのは10年ぐらい頑張って続けて鉱脈まであと一歩、と言いうところで掘るのをやめてしまうというケース。あの時あきらめずにもう少し続けていれば・・・という失敗談もビジネス本読んでるとよく出てきます。

結局、好きな事なら継続することに対するストレスは少ないというかほぼないわけで、継続すればチャンスが出てくる。
苦手なことを仕事にして苦しんで続けてる人よりも圧倒的なアドバンテージがあるってことです。

だから、成功したいなら好きなことをしないといけないんだと思います。

私の好きなことってなんだろうな。

「たばこの煙を吐いてもいいですか?」って聞いてほしい。

今結構毎日のようにいる仕事場の近所に、昔ながらの喫茶店があるんですよ。
エビピラフとかおいしい。
あと日替わりですけど豚丼とか生姜焼きとか豚肉系の料理出してくれます。
食後のドリンクも無料だけど、ちゃんと豆からひいたコーヒーです。

パフェとかもあるし。

というわけで超気に入っているのですが、
そのお店が喫煙可なんですよね。しかも分煙なしのお店。


それが残念すぎる。

こういう事書くと「喫煙OKの店でタバコ吸ってるんだからいいじゃん、何が問題なんだよ」って当然言われるわけで、
実際ツイッターではそういうリプライされたりもしたのですが、

それでもあえて言いたい。

「あなたが食後の一服中、後から来た私の大事なエビピラフはあなたの吐き出す煙の臭いにまみれてるんですよ」

と。

たばこは吸ってもいいですよ、別に吸うこと自体は犯罪じゃない。
でも、周りの人が食事中だったりしたら少し配慮してほしい。
だって、私が見る限り、喫煙者の人って自分が食べてるときはタバコを吸ってない人がほとんどです。
食べる前か、食べた後に吸うという人がほとんど。
自分が食べるときはたばこ吸ってないのに、私が食べているときは全く考慮してくれない。
これってどうなのかと。
というのはちょっとおかしいんじゃないかなって思うんですよ。

でも、私にも当然喫煙者の友達はたくさんいるが、タバコを吸う彼らを不快に感じることはない。
店で偶然会う知らない人の喫煙マナーについてすごく不快に思うことばかりだ。
この違いはなんだろうって考えた時に、
友達の場合は、私と一緒にいるときにたばこを「吸っていいか」というよりもむしろ、
今「煙を吐いてもいいのかどうか」を気にしてくれるからなのではないかと
思いついた。

喫煙者と非喫煙者の関係が、他人(距離が遠い)場合は、喫煙者の意識は「たばこを吸う」、
喫煙者と非喫煙者の関係が、知人~友人(距離が近い)場合は、喫煙者の意識は「たばこの煙を吐く」
という意識になっているのではないか?

であれば、喫煙者の人はむしろ他人にこう聞くといいのではないだろうか?
「たばこの煙を吐いていいですか?」と。

この方がより主体的に他人を煙に巻きこむけどいいですか、というリスクを取った発言になると思う。

先日私はマンションのベランダで喫煙している隣人の煙が、どう閉めきっても自室内に流れ込んでくるので
管理会社に連絡を入れたところです。
なので、これからは喫煙可能なお店であっても、自分が食事中、つまり絶対煙に巻きこまれたくないときに
喫煙している人には「申し訳ないですけど私が食事が終わるまでたばこは吸わないでもらえますか」って
言おうと思いました。
それでも「ここ、喫煙可能な店なのにお前にそんな権利ないだろ」
って言われた場合は、

「たばこ吸ってもいいですよ、でも煙吐かないでほしいんですよね」

っていうと思います。
というか、そこのエビピラフを食べたいだけなのに、なんでこんなに悩まなきゃいけないんだろう。
悩みとエビピラフ天秤にかけた時に、
悩みのほうを手放したいので、そのお店にやはり行くのはやめるのが現実的なんだろうね。
というわけで、完全分煙にしないとお客さんは多分集まらないんじゃないでしょうか、これからのお店は。

世の中は、調べればわかることと調べてもわからないことでできている

こんにちは

最近相談がある人からのDMを読んでてすごく思うことがあるのですが、

「私に聞く」という行動をとる「前段階」を自分でこなしておくと、すごくはかどるのになってことです。
相談する前の下ごしらえですね。



よく相談の文面にあるのは

「人間関係がうまくいかず悩んでいます」
「いつも人とトラブルを起こして孤立してしまいます」

これが非常に多い。

で、「どうしたらよいと思いますか?」

と続くのです。

質問する前によく考えてみてほしいのですが、

「人間関係がうまくいかない」、これは具体的な表現とは呼べないですよね。

というか、具体的なトラブルが発生した結果、「自分は人間関係がうまくいかない」と、

自分に貼ったレッテルを私に伝えているだけなんですよね。


それは「私は日本人なので困っています」とか「私は女なので困っています」

っていうのとほぼ変わらないんですよ。


私からすると、「そのレッテルをなぜ貼るに至ったのでしょうか?」その経緯が知りたいのです。
さらに言えば「人間関係がうまくいかない」というレッテルを自分に貼ってる人の中で、
そのことに全然困ってない人もいるのですが、あなたは困ってる。それはなぜですか? ってことが知りたいのです。
人付き合いがうまくできないことのなにが問題だと思っているんですか? ということです。

悩みの解決というのは

自分に貼ってしまった好ましくないレッテルをはがして、新たな自分へのレッテルを貼りなおす

ということに他ならないので。


なので、悩みを相談するときは。
・自分は自分にどんなレッテルを貼ってしまって苦しんでいるのか
・それはどういう経緯があって、そのレッテルを張るに至ったのかをなるべく具体的に。できれば複数の具体例がほしい
これは、援助者と一緒に自分のレッテルを張り直す作業をするうえで、最低限必要な情報です。

これがあって初めて
・その経緯の具体的情報を練習課題とし、自分のやり方(対人スキルや考え方のクセの意味です)を改善するとしたらどんなことができるか、今後にどう生かすか
ということが話し合えます。

対人スキルというのは、
お刺身を切りたいのに、のこぎりを持ち出していませんか?
そういうことを他人に対しても自分に対してもしていませんか?
ということを見直して、改善していくことで、自然と上達します。

お刺身を切りたいのに、のこぎりで切り続けることで、
周りの人を動揺させたり、困惑させたり、怒らせてしまうことで、
雪だるま式に対人上の「うまくいっていない感じ」が膨らんでいく。
これが結果的に「人間関係がうまくいかない」というレッテル張りに至ることがとても多いので、
原因を探ることってとっても大事です。

また、考え方のクセを変えることで、
本来トラブルではないことがトラブルに見えていた、
という気付きを得ることも重要です。

そのうえで、
・自分はどういうレッテルを自分で貼りたいのか、

これは自分で考えることが重要です。
ここに関しては人に聞いても答えは出てきません。自分で考えるしかない。

世の中は、調べればわかることと、調べてもわからないことでできています。
調べればわかることであっても、調べ方がうまくないと答えにたどり着きません。
「答えが出ないのは調べ方がよくなかったのではないか」と試行錯誤することは大切です。
一度答えが出なかったからと言って、ずっと悩んでいるのも時間の無駄ですし

それと同時に、調べてもわからないことは自分で考えるしかないことです。
それをずっとグーグルで検索し続けたり、人に聞いたりしているのも時間の無駄です。

「調べればわかること」「調べてもわからないこと」その分別が上達するといろんなことが楽になると思います。
誰にでもできることなので、難しく考えずに。

私が困っている人にできることは
・自分が張ってしまったレッテルとはなんなのか
・そのレッテルを張るに至った具体的な出来事
を共有したうえで、
・どこに問題点があったのか、どう改善できるのか。
この部分を一緒に考えることかなと思います。
そういうお手伝いを今後もしていけたらいいかなって思ってます。

そして、
・どういうレッテルを自分で貼りたいのか

ここは自分で考えるしかないっていうことも
同時に伝えていけたらなと思いました。

正社員が非正規雇用者を搾取しているという竹中平蔵さんのお言葉について

竹中平蔵が炎上しているらしい。それは、「正社員が非正規の社員を搾取している」という発言で炎上してるそうなんだけど。
私はこの意見の真意がわからないので何とも言えないんだけど、自分が思ってることがあるのでそれを書きます。

というのは、今知人の会社の経営を手伝っており、なおかつソーシャルワークのエキスパートになりたくて福祉の勉強をしてて思うんだけど、日本って国家ではなく企業に福祉的な役割を担わせすぎなんだよね。
失業保険とか、健康保険とか、年金なんかもそうだと思う。会社が社員に支払う福利的なコストがすごく高いと思う。

で、福利の良さと安定から「正社員」にみんながなりたがるわけだけど、でもそういうホワイトな待遇を用意できる超大企業ってごく一部で、日本の会社の大半を占めるそこらの中小企業ってそこまで体力ないからどうしても非正規社員を雇わないとまわらない。
ここには従業員に対する扱いの開きが大きくあるわけだ。

正社員に対して会社がしないとならないこと、一人雇うために支払うコストを考えると、非正規雇わないとまわらないっていう会社側の事情と構図は確かにあるんだよ。
あとは、労働基準法読んでて思うけど、日本の企業は、採用時にはかなりの裁量が預けられているけど、一度雇用した従業員に対しては事実上解雇が難しいのが現状である。
社員の立場からしても、正社員の立場を失うと福利的な恩恵を失ってしまうわけだから、正社員は一度なってしまうとその会社を簡単に辞められないようにできている。
つまり従業員の固定化をもともともくろんでいるのが日本の法律だと思うんだよね。それってむしろ従業員側の息苦しさにつながってると思う。いつでも辞められる。どこでも働ける。福祉的役割は国が担保してくれるっていうのがいいと思うんですよ。

だから、竹中平蔵さんのご発言の、

正社員「が」非正規社員を搾取している。

という日本語は正しくないと思う。
でも、

会社「が」正社員にかける福利的コストを従業員全員に支払うことが難しいから、非正規社員を雇わざるを得ない。そのうえ、国は非正規雇用者に対する福利的措置を特段講じていない

という日本語は正しいと思う。
そして正社員と非正規の待遇に激しい差がついているのも現状なわけだ。これを緩和することはできないのだろうか?
現状それは正社員に支払う企業側のコストを軽減し、その分を非正規社員に回す。というのが経営的観点からすれば現実的だと思うんだけど、そうするともともと得ていた福利的な恩恵が減る正社員は黙ってないだろうなとも思う。

もちろんブラック労働を防ぐ意味での足枷的な法律は必要だと思う。
それに既存の法律を変えていったりするといきなり数千万人に影響が出るわけだしね。どうしたらいいのかね。

好きなことしてフリーで生きよう。っていうのはありだと思うんだけど、
正社員になって安定して、それでできることもたくさんあるからね。
正社員っていいものですよ。正社員だった私はそう思います。
そのうちなくなるかもしれないからね、ここまで守られた立場は。だから今正社員の人はその恩恵をよく理解したほうがいいかなってことも同時に思いますね。

若く見られたい>年齢ならではの美しさ

こんにちは

いやー、40歳になって「若く見える」って言葉にマジで喜ぶ自分になるとは夢にも思わなかったね。
しかし、これは、お世辞でもうれしいんですよ。
なので、お世辞なんか言いたくないって人も、ぜひ言ったほうがいい言葉ナンバーワンです。
「おはようございます」「失礼します」「かしこまりました」とかに加えて、
「若く見えますね」。
これも、あいさつのレギュラーに入れたほうがいいです。

自分がめっちゃうれしかったので、これまで散々自分を偽り、
心にもないお世辞「若く見えますね」を言ってきた自分を
「きっとほんとに相手はうれしかったんだ、だからいいことしてきたんだな、私・・・」と
過去の自分をほめました。

で、それと同時に、
やっぱり、年齢相応の美しさ、飾らない魅力、内面から出る美しさ、
そういうのはもちろん大事だと思うんだけど、
それよりも
なによりも


若く見られたい


これが自分の本音だったんだ!
と自分の心に気が付くことができたので、
エアロビとかヨガとか頑張ろうと思いました。

「32歳ぐらいかと思ってました!」
といわれてこれ、トドメの一言で、その日は一日うれしかったね。
いや、25歳の人から見たら、32歳なんて想像つかないくらい年上に思うかもしれないけど、
32歳って女が一番魅力的になる年齢だと思うんで嬉しかったわー。
その人のことめっちゃいい人だとおもったからね。

私の場合は

・若く見られたい。

のほかに、

・持ってる財産全部よこせ。
・秒速で億稼ぎたい。
・うまいもの腹いっぱい食べてもナイスバディでいたい。
・努力しなくても生きているだけでみんなにちやほやされたい。
・原稿書きたくないけど売れっ子作家になりたい

このあたりですね、私の本心は。
うまく隠して、「そんなこと考えもしません」なんて思いこんできたんだなあ。
もっともっと欲深いからね私は。なめたらいかんな

世の中はよくなってると思うよ

信じらんないかもしれないけど世の中ってどんどん良くなってるんだよね
だって、精神科の薬ができたのってたった60年くらい前だからまだ一世紀経ってないからね
無意識発見されたのはたったの200年前
私があと30年生まれるのが早くて、やっぱり双極性障害になってたら、時代的には薬がなかったし、しかも社会的入院させられて多分一生病院で終わってたと思う
つまり精神病かかっただけで人生詰んでたからね
今は傷病手当金もらいながら療養できて会社辞めたってなんとか生きてける、再チャレンジできるんだよ
自分一人じゃ何もできないけど、国とか会社とか周りの人が理解してくれて助けてくれたから今があるんだよな
別に病気に限らずいろんなことがそうだと思う
セクハラだって昔はもっと泣き寝入りだしさ

私が子供の頃なんかシングルマザーなんて世間体悪くて離婚我慢してた女の人たくさんいるよ
みんなに助けられて今があって、そのみんなって同時代の人だけじゃなく、屍の山になった過去の人たちのおかげでもある
でも、今あるものを使って幸せになると決めることは他人にはできないから。
それがどんなカードでも。配られたカードで面白く遊ぼうと思うことができるのは自分だけだ